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 今年度、NPO法人価値創造プラットフォーム代表の石崎さん(商店街よろず相談アドバイザー)からのご紹介で、奄美大島の南端、瀬戸内町における観光客の回遊・消費の実態調査業務を担当させていただいた。発注元は瀬戸内町古仁屋の36店舗の商店主らで構成する任意団体「せとうちポイント会」(政岡博重会長)で、全国商店街振興組合連合会の「地域商店街活性化事業」を活用した調査・研修事業の一環であった。

 瀬戸内町は、奄美空港から車で約1時間半南下したところにある。昭和31年、4つの自治体が合併し、瀬戸内町が発足した当初の人口は26,638人であったが、平成22年の国勢調査では9,874人と、54年間で人口はほぼ3分の1となっている。面積は約240㎢で、奄美大島最南端の地域と、加計呂麻島、与路島、請島などの島を町域とする。その人口の約半数が「古仁屋」という大字に住んでおり、瀬戸内町の商業、行政、交通、地域活動などの拠点となっている。


●土木事業への支援からソフト面の支援へ
 奄美群島に対しては、国の「奄美群島振興開発特別措置法」に基づく予算措置があり、その振興のために1953年の日本復帰以降、毎年数百億円の国費が投入され、幾多の土木・建設系の公共事業が実施されてきた。しかし、平成26年1月に奄美群島振興開発特別措置法が改正され、平成26年度の補助金251億円のうち230億円は従来通りのハード事業への補助だが、残り21億円がソフト面を中心とした施策へ投入されることとなった。この21億円のうち2.4億円が冬季の閑散期対策として航空路線の運賃軽減措置にあてられ、それを受けて全日空系のLCC「バニラ・エア」が成田空港~奄美空港間の直行便を新規就航することを決定した。

 これまで関東から奄美大島への空路はJALしか選択肢が無く、その運賃は片道の普通運賃51,800円、28日前購入の割引運賃が片道32,300円と高価であったが、バニラ・エアの夏期の最安運賃は8,000円、冬期最安運賃は5,500円という安さ。

 このバニラ・エアの就航により、奄美大島はにわかに活気づいている。町の人達は、「観光客が増えた」と実感しており、民宿では客が増加して忙しいと言っている。では、果たしてどれくらい観光客が増加し、どのような観光・消費行動を取っているのか調べて欲しいというのが、せとうちポイント会からのオーダーであった。そのため、奄美空港や、瀬戸内町古仁屋の渡船場において、来島者へのアンケート調査を実施した。また、同時に行政や観光関係事業者への聞き取りを行うとともに、観光交流が移住にどのようにつながっているのかを知るために、Iターン者への聞き取りも行った。今回、せとうちポイント会の許可を得て、この調査結果の一部をご紹介したい。


●観光客は新規就航後の半年で4万6千人増加
 奄美空港管理事務所の統計資料によると、平成26年の1年間の奄美空港定期便利用者は平成25年と比較して約4万6千人増加した。増加したのは7月1日のバニラ・エア就航後であり、実質的には7月から12月までの6ヶ月間でこれだけ増えている。特に羽田・成田から奄美空港への乗降客数は、月によってはほぼ倍増した。

関東~奄美空港便の月別乗降客数(奄美空港管理事務所
関東~奄美空港便の月別乗降客数.png












 また、興味深いことにJALの乗降客数の減少幅は1~2割程度であり、バニラ・エアがJALのシェアを奪ったというよりも、バニラ・エアが新規の需要を開拓している。今回実施したアンケート調査結果でも、瀬戸内町に「初めて」訪れた観光客は、回答者全体では59%であったのに対し、LCC「バニラ・エア」を利用した観光客は94%が「初めて」訪問したと回答しており、バニラ・エアが新規顧客を呼び込んでいることを裏付けている。

エアライン別来島回数
交通手段別来島回数.png














●バニラ・エアを利用した観光客はアクティブな20~30代の女性
 また、アンケート結果を大まかにまとめると、バニラ・エアの利用者は、関東在住、20~30代の女性が多く、家族や友人・知人の口コミにより奄美に行こうと思いたち、SNSやスマートフォンを活用して情報を検索しながら旅をしている。さらに、バニラ・エア利用者は各種アクティビティ・体験費などの支出が全体平均の約2倍であり、若く、アクティブな女性が多い。瀬戸内町では、平成26年2月より「女子旅」の商品開発や情報発信事業を進めておられ、今後、こうした客層をターゲットとした様々な商品、サービスが生まれてくることが期待される。


●2.4億円の運賃補助が、多大な波及効果をもたらした
 今回把握した目的別消費額・宿泊率等をもとに、平成26年の一年間の定期便乗降客増加分(約4万6,000人)がもたらした奄美大島島内への経済波及効果を算出すると、約40億円と推計される(アンケート調査結果、総務省「産業連関表」「家計調査」をもとに㈱よかネット推計)。また、奄美大島出身者の帰省や島内から関東への旅行者も増加している。
 このように、2.4億円の運賃補助が10倍以上の波及効果をもたらし、地域の経済だけでなく、地域内外の人と人とのつながり、賑わいなど、多大な効果をもたらした。
 観光客の増加にあわせ、宿泊施設の開業も相次いでいる。福岡のホテル運営会社が3年前から閉館していた古仁屋のホテルを買い取り、2014年10月にリニューアルオープンした。また、加計呂麻島でもペンション、ゲストハウスがオープンし、他にも新規開業に向けた動きが出てきている。さらには、新たに関西からLCCが就航するかもしれないという噂もあり、観光については明るい話題が多い。


●海や人の魅力に感動し、リピーターへ
 奄美大島、加計呂麻島の魅力を聞いた設問では、「とにかく海が綺麗、海の青さ」など「海」に関する回答が45件で最も多かったが、次いで「人が温かい、人がのんびり、すれ違う人がニコってしてくれる」など、「人の魅力」についての意見が37件であった。その他、「手付かずの緑、マングローブ」など「自然」が22件、「島料理、鶏飯」などの「食べ物」が19件と続いた。

 こうした海、人、自然の魅力に多くの人々が惹きつけられ、感動し、リピーターになっている。私も、今回の業務を通じて瀬戸内町のことが大好きになった。奄美大島本島も良い景観なのだが、古仁屋から20分かけて渡ることができる加計呂麻島のとびきり澄んだエメラルドグリーンの海や、入り組んだリアス式海岸、その背後のこんもりとした山々や南国情緒たっぷりの町並みが作り出す景観は特に素晴らしかった。また、黒糖焼酎や新鮮な海の幸、沖縄と似た島料理など、ご当地独特の食も、これまた感動モノ。11月上旬、調査のために加計呂麻島を訪問し、宿泊したが、夜の星の瞬きと流れ星にこれまた感動。2月上旬の訪問では、この時期限定のタンカンを堪能することができた。瀬戸内町、加計呂麻島は本当に地域資源のポテンシャルが高く、しかも季節ごとに異なっている。そして観光地化されていない分、地域固有の資源や生活風景が残っていると感じる。

奄美のビーチはどこも美しい!
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黒糖焼酎、島料理、島唄。奄美大島の夜を体感。
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●地理的制約に縛られず仕事や生活をする方々が移住
 こうした地域資源に引き寄せられた観光客がリピーターとなり、さらには移住に繋がっている。アンケートでは、「奄美大島・加計呂麻島への移住に興味がある」という割合は36%であり、実際、町が把握しているだけで平成20年度から25年度までの6年間で101名が移住している。

 移住した方々の職業は、よそ者ならではの目線で島の魅力を発掘し、飲食店や民宿、ダイビングショップや観光ガイドなどを営まれている方、農業・漁業など様々であるが、中でも印象に残ったのが、加計呂麻島にここ2~3年のうちに移住してきた3名の方々だ。

 一人目は、加計呂麻島のポータルサイトかけろまウェルカムを運営しておられる小野寺さん。
 小野寺さんは、関東のベンチャー企業でプログラマーとして働きながら「いずれ島暮らしをしたい」と漠然と考えていたが、一度訪問したことがある加計呂麻島の良好な物件が空いたとの情報で移住を即断し、退職。現在は島の店舗や団体のHPを作成したり、クラウドソーシングサイト(主にフリーランスの方々を対象とした公募案件・委託業務を掲載するサイト)で仕事を受注している。

 2人目は青木薫さん。青木さんは、美大を卒業後、デザイナーや教員をされていたが、3年前に諸事情で加計呂麻島に移住された画家。現在は、イペルイペ油画制作所の代表を務め、ネットで送ってもらった写真をもとに肖像画を作成し、データ納品するという事業を展開されている。

 3人目は新進の小説家・ブロガーの三谷晶子さん。「未来住まい方会議」というウェブメディアの、女子的リアル離島暮らしというコラムにて、若い女性の視点から見た離島暮らしについて、定期的に更新しておられ、毎回楽しみに拝読している。

 この3名は、皆、東京から移住してきた30代の方々で、ネットでやりとりできる知的生産物・サービスを販売しているという共通点がある。首都圏から徳島県神山町の中山間地域にベンチャー企業を呼びこんでいるグリーンバレー大南さんの取り組みや、高知に移住した著名ブロガーのイケダハヤト氏と同様の動きが、ここ瀬戸内町でも起きており、「これが時代の流れなのだなぁ」と、加計呂麻島で改めて感じた。

 移住者の多くは、amazonや「タイヨー」という鹿児島のスーパーのネット通販で買い物をしている。また、周囲の方々が野菜や海産物を分けてくれ、家賃も安いので、生活費はあまりかからないそうだ。教育や医療にも特に不安・不便を感じることは無いとのこと。こうした、地理的制約に縛られない仕事や暮らし方をしている尖った人たちが、加計呂麻島の海や自然、そこでのライフスタイルに憧れ、移住してきている。


●観光客・移住者受け入れの改善余地はまだまだある
 このように、民間の需要拡大が牽引する形で観光振興が図られ、移住者が増加しているが、自治体、観光協会など地元の受け皿に関しては、不慮の事態の影響もあり、体制整備や施策充実の余地がある。

 そもそも町内の宿泊施設の収容人員が約570人(平成25年度末)と宿泊客受入のキャパシティが限定されており、ハイクラスな宿泊施設や、地域の生活文化を感じることができる体験型の民泊がなく、宿泊施設の選択肢が少ない。さらには、「地域の商店は日曜が休みのところが多い」「家族経営の個店が多く、電話しても不在」「情報がネットにあまり掲載されていない」といった声は調査の中でもよく聞かれた。空き家に関しても、空き家バンクに登録されているのはほんの一部で、全く、あるいは年に1~2回しか利用されていないが顕在化していない空き家がまだまだ存在するという話を聞く。
このように、まだまだおもてなし向上、受け入れ拡大の余地は大きく、それが逆に今後の可能性を感じる部分でもある。


●追い風をどう活かすか、今後4年間が勝負
 国が地方創生を掲げ、観光立国を成長戦略の柱の一つとし、円安で海外から多くの観光客が訪れている今、観光振興に取り組む自治体にとって追い風が吹いている。だが、こうした追い風はいつまで続くか分からない。改正奄美群島振興開発特別措置法の予算措置の期限は平成31年3月末までであり、その後の国からの支援に関しては不透明である。スカイマークが経営破綻し、撤退を決めた石垣島、宮古島の状況を考えると、外部企業が地域経済の命運を握る構造は不安定とも言える。加えて、瀬戸内町の人口減少・少子高齢化は今後もハイペースで進展すると予測され、町の内需はますます縮小する。この追い風の状況下に、如何に地域として新たな投資をして魅力を創出するか、あるいは弱点を補強するか、31年3月末までの4年間は、町民や町内企業・団体、行政の総力をあげた取り組みが問われる大事な時期と思われる。

瀬戸内町の人口・高齢化率の推移(国勢調査・国立社会保障・人口問題研究所)

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 何度も繰り返すが、瀬戸内町、加計呂麻島の地域資源は独特で、素晴らしい。ぜひ、地域の関係者が、互いの損得や事業領域の縄張りを飛び越え、開発と保護のバランスを取りながら、この素晴らしい資源を後世に引き継いでいただきたいと、いちファンとして切に願う。

 本調査・研修事業では講演会が3回開催されており、最終回の佐賀県の森本登志男CIOの講演会の前に、調査結果の結果報告をさせていただいた。その後の懇親会でも地元の方々と大変盛り上がり、SNS等でつながり、友人になったと勝手に思っている。

 せとうちポイント会の事務局を務める藤井さん(お茶の不二園・店主)を中心とした古仁屋・加計呂麻の方々は、これまでずっと地元で生活している方や、一度東京など外に出られて戻られた方、Iターンで他の地域から移住してきた方など、様々な年齢、性別、職業、感性の方々が集っており、素敵なチームが出来ている。瀬戸内町・奄美大島の今後の展開に注目しているし、仕事で関わらせていただき、応援したい地域がまたひとつ増えたことをありがたく思う。

 なお、本調査結果は、地元奄美の複数メディアでも取り上げられた。奄美の方々が、今後事業や地域活動に取り組まれる上での参考にしていただけると、とても嬉しい。

4月15日 南海日日新聞一面(せとうちポイント会HPより)
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奄美新聞の記事「来島・移住へ課題把握」

 国際リニアコライダー(ILC)計画とは、世界最大の直線型高エネルギー粒子加速器と、そこに付随する基礎科学の大規模な世界研究所を誘致しようという計画である。この加速器は、全長約30km~50kmの地下トンネルであり、その中で電子と陽電子を光速近くにまで加速して正面衝突させ、宇宙誕生直後の状態を再現することで、物質の根源、宇宙誕生の謎に迫る。当社が福岡県・佐賀県から委託を受けて、リニアコライダーが地域に与えるインパクトと、これを活用した九州北部の国際研究都市のあり方を提案したということは、以前書いた

 それから1年が経とうかという3月、中学・高校の一つ下の後輩の岩木君から久しぶりに電話がかかってきて、食事会に誘われた。そこには学生時代からの知り合いの榎本君も来ていて、ILCの誘致活動を盛り上げ、九州の市民レベルの熱意を数として示すために署名活動を始めないか、という話であった。私もILC誘致のため、何かできることをしたい、という思いがあったので、二つ返事で共に活動していくこととした。

 その後、身近な友人達数名に声をかけ、「九州へのILC誘致を実現する会」が立ち上がった。メンバーは福岡、佐賀の20~30代の7名。仕事はイベントプロデュース、デザイン、通信・OA機器関連、広告代理店など様々。メンバーの中で最も実業とILCとの関わりがあったのが私で、それ以外は皆、「九州の未来のために」「夢があるプロジェクトだから」など、個人的な思いで集まった面々であった。

 署名活動の目的は「宇宙の始まりとされるビックバンを再現し、宇宙誕生の謎に迫る国際リニアコライダー(ILC)が、九州・脊振地域に設置されること」とし、活動期限は7月末まで。署名数の目標は10万人。集めた署名はリニアコライダー国際研究所建設推進議員連盟会長の河村建夫衆議院議員に届けるということでスタートした。そして3月28日、まず署名サイトと、facebooktwitterなどのソーシャルメディアアカウントを立ち上げた。予算は全くなく、マンパワーにも限りがあるため、HPはzero-tenのスタッフが立ち上げ、そのURLを各個人のソーシャルメディアアカウントを使って拡散していった。

 当初は「ILC誘致にご協力を」と呼びかけても、「ん?ILCって何ね?」「リニアモーターカーとどう違うと?」などと返されたり、ILCを知っている人は100人中2~3人かな、という感触で、署名数も伸びずに苦戦したが、5月に入ってから新聞やテレビでILC関連のニュースを目にする機会も増え、「ああ、新聞で見たよ」など、知名度が上がっていると実感することが多くなった。それに伴い様々な会合やイベントなどで活動をPRさせていただく機会を多くいただけるようになった。私たちの会のメンバーは様々な資料を読み込み、また客観的なデータの数々を共有し、「九州・脊振山地の方が北上山地よりも研究に適した生活環境であり、日本、世界の物理学の発展ためには、ILCは九州に立地した方が良い」と思い込んでいるので、プレゼンの場では言葉に熱い思いを乗せて説明することができたと思う。

 こうした場を重ねることで、共感し、支援していただける企業・団体も増えてきた。例えば、アビスパ福岡は、ホーム試合の観客全員に署名チラシを配ってくれ、スタジアムの中外で署名活動をする機会を2回いただいた。また、九州の経営者たちで組織される「博多21の会」は、HPに署名サイトへのリンクを貼っていただき、「博多21の会」主催の街頭署名も行われた。知人に署名用紙入りの手紙を何十通も送付してくれた方や、役所の中で署名用紙を回覧し、2000人の署名を集めた自治体、有志で約700人を集めた大学生、街頭署名に参加してくれた方々など、ここでは紙幅の関係で個別の企業・団体・個人名を挙げることは難しいが、本当に多くの方々に、署名活動に協力をいただいた。

いただいた35万の署名

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 6月に入ってからは九州経済連合会の篤いご支援をいただき、九州の金融・インフラ・建設などの中核企業に本格的に署名活動に参画してもらったことで、一気に加速。7月3日には上京し、河村建夫ILC建設推進議連会長に署名17万人を報告。

自民党本部に署名用紙を持ち込む 色んな意味で重かったです

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 そして8月10日は、7月末で最終集計した355,467人の署名を、ILC問題九州国会議員連絡会の代表世話人である原田衆院議員、今村衆院議員はじめとする福岡・佐賀選出の国会議員10名に引き渡した。また、有川九州大学総長、松尾九州経済連合会名誉会長、小川福岡県知事をはじめとするILCアジア-九州推進会議の方々にも立ち会っていただいた。


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 素粒子物理学の研究者で組織されるILC構想立地評価会議は8月23日に、北上山地がILCの立地に適しているという評価結果を発表した。この発表は私たちにとっては不本意なものであるが、私たちが街頭署名や、様々な勉強会や会合でILCの誘致活動についてお話する時間をいただいたり、いくつかのメディアでも取り上げていただく中で、ILCの理解促進・機運の盛り上げには微力ながら貢献できたかと思う。まだ政府としてはILCの誘致を宣言しておらず、政府として候補地をどこにするかも決定した訳ではない。また、立地評価会議の項目別の採点結果を見て脊振山地が優っている項目はほとんど無い、評価プロセスが一切ブラックボックスとなっており議論の経過が不透明であるなど、立地評価会議に対してお話をお聞きしたい点がいくつかある。現在は、この事実関係を確認中であり、35万人の声を預かっている立場として、政府決定までは誘致活動を継続していこうという話をしている。

 最後に、今回の活動では、本当に多くの友人知人、諸先輩方から励ましのお言葉やご協力をいただきました。個人で署名を集めていただいた皆様や、サポーター企業にご登録いただいた皆様にも、本来は直接御礼を申し上げるべきですが、まずはこの場を借りて報告させていただくとともに、心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

 6月5、6日の二日間、福岡市で開催された「アドテック九州」というイベントに参加した。アドテックとは、デジタルマーケティング、インターネット広告技術の見本市で、これまでロンドン、ニューヨーク、シンガポール、東京など世界8都市で開催され、2012年の東京会場には、二日間で2万人以上の来場があったというビッグイベントである。アドテック九州は、その初の地方開催版として開催された。

 事の次第は3月下旬、知人の田中さんから、アドテック東京の主宰者であるdmgイベンツジャパンの武富社長をご紹介いただき、お食事をご一緒したことから始まった。武富さんは「アドテックを九州で開催するからには、九州の物産紹介など、地域性を感じることができるブースを作りたい」という考えを持っておられ、その意向を受けて田中さんが私を紹介してくれたのだった。アドテックで物産ブースを設置するのは初めてらしく、どうも「九州各地の物産関係者にネットワークがある会社」ということで声がかかったようだが、そもそも、こういったIT系のイベント・展示会に行くのも初めて、物産コーナーを運営するのも初めて。安請け合いしても大丈夫なのだろうか、と一瞬悩んだが、何事も経験ということで、お受けすることにした。

 それから、物産ブースのコンセプトをどうしようかと悩んだ。運営面では、他にもっと上手くできる会社はいくらでもあるだろうが、弊社ならでは、というウリをどうつくるか。そこで思いついたのが、九州・地域の活性化や社会問題の解決など、単にモノを作る・売るだけではなく、広いビジョン・理念を持って活動している企業・団体をご紹介したいということである。 程度の問題はあるにしろ、どこの企業・団体でも情報発信や販路開拓には少なからず課題が存在していると思うが、素晴らしい理念を持った九州の企業・団体と、世界の最先端のマーケティング技術が出会った際に、どのような化学反応が起こるのか見てみたいし、少しでもお役に立てればと思った次第である。

 そこで、私からは下表の企業・団体にお声かけをした。

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 このほか、田中さんからご紹介いただいた「ギャラリーふじやま」と「虹の松原ホテル」が、それぞれ、有田焼のブランド「青花」と「からつスムージー」を販売した。

 アドテック九州には、facebookのアジア統括責任者やamazonジャパンの社長、武雄市の樋渡市長、堀江貴文さんなどが登場し、当初3,000人の来場の予想に対して約3,500人が参加したそうで、イベントとしては成功、来年の開催も決定したそうだ。アドテック市も、九州の物産紹介コーナーとしての役割を果たすことができ、facebook等のSNS上でも、「鍋島大吟醸が売られている」と数名の発信力のある方々にPRしていただいた。アドテック九州というイベント自体や主催者であるdmgイベンツに対しては一定の貢献ができたと感じるが、出展者の皆様に対しては、売上という意味では期待を恐らく裏切り、ビジネス上でのパートナーや自社に応用出来る技術との出会いがあったかというと、そこはまだ分からない。

 当日の出展料は、通常テーブル5つ分のスペースで50万円必要なところを、よかネットがプロデュースするスペースについては主催者側に無料としていたただいた。そこで、お声かけさせていただいた各企業・団体からの出展料を無料とするかわりに、弊社の仲介手数料として、売上の10%いただくことにした。結果、アドテック市全体の売上は二日間で合計約20万円。当初の見込みを下回り、出展者の皆様からも「伸びなかった」という意見が大半であった。

所狭しと商品が並べられた「アドテック市」ブース

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 要因としては、物産ブースは来場者のメイン動線上になかったこと、当初割り当てられていたスペースよりも実際は狭かったため商品を置くスペースが限られたこと、想定していなかった(株)プレナスの出展による強力な競合「ほか弁」の登場など様々あったが、全体的に参加者のマインドが仕事モードであり、ノウハウ吸収やネットワーキングを目的とされているため物産を買うノリではなかった。そこの読み違いが大きかった。しかしながら、各店舗の売り上げ管理と手数料計算、保健所に対する飲食店臨時営業許可の取得方法等、物産展開催のノウハウはある程度身についた(こんな機会がもう一度あるかどうかは分からないが)。

 蛇足ではあるが、初日の夜に開催され、300名以上が参加したネットワーキングパーティーにおいては、富久千代酒造の飯盛社長が鍋島純米大吟醸、夏季限定酒等を振る舞うコーナーをコーディネートさせていただいた。以前開催した「佐賀の日本酒を飲む会」や鹿島酒蔵ツーリズム協議会への参加がこの場に繋がったというある種の感慨があった。

右が飯盛社長。大吟醸、愛山純米吟醸、雄町純米吟醸、サマームーン、特別純米を用意

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 都市計画のコンサルタント業界は、世の中の景気が良くなると、自治体の税収が伸び、自治体の調査・計画業務が増加し、仕事につながるというように、景気の波から大凡2年遅れで影響がある。アベノミクスの影響はまだまだ感じられず、厳しい状況が続いている。そういう意味では今回の物産展は私の中では一つのチャレンジであったし、今後もこれまで築いたネットワークをどう新規事業に繋げることができるか、飯の食い扶持を探す様々な努力をしていかなければならない。

 アドテック九州への出展にご協力いただいた企業・団体の皆様には、労多くして功少なしという結果になりご負担をおかけしたかもしれませんが、ご協力していただいたこと心より感謝申し上げます。

 2012年3月初旬、友人のfacebookにNHKクローズアップ現代の番組に関する投稿がされていた。番組のテーマはITを活用した在宅勤務やモバイルワークなどオフィスから離れて働くいわゆる「テレワーク」だった。

 その動画の中で、徳島県の山間にテレワークで全国的に注目を集めている神山町というまちがあることを知った。映像には、古民家の居間や軒先に胡座をかいて膝の上にノートパソコンを開いて仕事をする若者達の姿が写っていた。その古民家は東京に本社を置くソフト開発会社のサテライトオフィスで、若者たちは社員の方々。徳島県は全域に高速ブロードバンド網が敷かれており、インターネットの環境は東京よりも快適なのだそうで、東京にある本社との打ち合わせはテレビ電話でストレス無く行なっている。

 映像に映る風景や古民家は、九州の中山間地と大して変わらないのだが、神山町には続々とITベンチャーが進出してきている。その理由がとても気になり、ネットで色々調べていると、この動きのキーマンは「グリーンバレー」というNPOの理事長、大南信也さんだということが分かった。

 話は変わるが、佐賀市富士町では、昨年よりまちづくり勉強会が開催されている。2012年9月の第一回勉強会には佐賀市漁村女性の会・代表 古川由紀子さん、12月には高知県本山町から㈱ばうむの藤川豊文さん、米米ハートの真辺由香さんをお招きして開催された。私も講師の選定ならびに運営のお手伝いをさせていただいている。

 2013年の1月、勉強会の事務局をしている㈱インビルの永田さんから、「第三回まちづくり勉強会の講師を探しているのですが、どなたか紹介してもらえませんか」という相談をいただいたので、「私がお話をお聞きしてみたいのは、神山町の大南信也さんです」という話をして、前述の動画やネットの記事をお見せした。永田さんから「面白そうですね、私も聞いてみたい」という反応をいただき、調整もトントン拍子に話が進み、富士町のまちづくり勉強会の講師として、大南さんに来ていただける運びとなった。


●アーティストの呼び込みが地域の魅力向上につながり、創造的な人が集結

 神山町は人口約6,000人、高齢化率は約46%、標高は高い所で1,500mの中山間地域。この山里で最近、2つの「異変」が起きている。一つは2011年度の人口動態調査で、神山町の誕生以来初めて、社会動態人口が転入超過になったこと。もう一つは、2010年10月以降、ITベンチャー企業9社が本社やサテライトオフィスを設置していることだ。

 こうした移住者呼び込みの動きを遡ると、きっかけは1990年代のはじめから続いている様々な国際交流事業や、海外アーティストを受け入れる「アーティスト・イン・レジデンス事業」である。大南さんはこれら国際交流事業の中心人物として関わると共に、2002年にNPO法人グリーンバレーを立ち上げ、芸術家支援やアートによるまちづくりを進めてきた。この事業に参加した海外アーティストのための滞在の場をつくり、受け入れのノウハウを貯めていくうちに、移住希望者がアーティストから企業に変わってきたそうだ。

 そして2007年、総務省事業で神山町移住交流支援センターが立ち上がり、その運営をNPO法人グリーンバレーが受託した。大南さんによると、移住者受け入れを行政ではなく民間のNPOが住民目線で進めた、言い換えれば仲間を引き入れたことが成功要因の一つということだ。NPOの仲間や地域住民で、自分たちの地区を将来どうしたいかという理想を思い描き、その実現のために入ってきてもらいたい人達を逆指名で呼びこんでいる。

 具体的にどのように呼び込んでいるかというと、2008年に立ち上げた「イン神山」というHPにアクセスしてきた移住希望者の方々に、ヒアリングを行っている。このヒアリング項目がユニークで、「ほとんどの自治体は、家族構成と物件の希望のみを聞いているが、神山町は夢、志、能力、仕事、生活設計を聞き、将来町にとって必要な人材を逆指名している」とのこと。この移住交流支援センター立ち上げ後、23世帯44名、子ども10名が移住、子どもを持つ若者夫婦、起業者、若者の受け入れを優先しており、移住者は平均年齢33歳と若い。業種は飲食店、パン屋さんや、インターネット関連など様々である。ネット関係の方々については、デザイナーやプログラマだけではなく、営業担当が移住してきており、しかも成績は社内トップレベルらしい。こうした業界は営業担当であっても地理的制約に関係なく仕事ができる時代なのだなと驚いた。

 第三回富士町まちづくり勉強会にて、大南さんからは「何をつくるかではなく、どんな人が集まるか、が鍵」「過疎は全国レベルで進行しており、なだらかな人口減少は仕方がない。問われるのは数ではなく質である。将来のイメージを思い描き、逆算して考えることが『創造的な過疎』だ」「地域で新しいことに取り組むと、すぐにアイデアキラーが出てきて、難しい、無理だ、できない、前例がないと言うが、そういう時こそ時代の歯車を回すチャンス。出来ない理由よりできる方法を探し、とにかく始めること。一歩踏み出せば自分の景色が変わる」といった力強い言葉を我々参加者に向けて語っていただいた。


●学んだことの実践へ向けて、これからが正念場

 一連の勉強会を踏まえ、様々な動きが富士町で生まれている。前号で、第二回富士町まちづくり勉強会の講師である高知県本山町、㈱ばうむの藤川さん、米米ハートの真辺さんを紹介させていただいたが、まず、3月上旬に、廃校利活用の方向性を検討している地元メンバー総勢15名が本山町に向かい、廃校を活用した集落活性化センター汗見川にて両町の住民同士が交流し学び合う予定だ。そして、来年度、NPO法人グリーンバレーに永田さんが研修生として派遣される話しが持ち上がっている。また、九州でオフィスを探す東京のベンチャー企業の方をお招きして町内の空き物件を見てもらったり、今後町内への移住者受け入れに向けた住民レベルの検討会が古湯地区を中心に立ち上がるなどしている。

 ただ、一方で難しさもある。大南さんを囲んだ懇親会にて、東京から佐賀市北部に移住されて十年以上経つ方とお話する機会があったのだが、「自分も外から様々な人に入ってきてもらいたいし、そのためにできることはしたいが、移住者受け入れのような地域ぐるみの活動は、まだ自分にとってハードルが高い。佐賀に住んで10年以上経ったのに、昔からそこに住んでいる人との間には薄皮がある」とおっしゃっていた。富士町において移住者呼び込みのお役に立とうとしている永田さんも、町民ではない。一方で、藤川さんや大南さんはいずれも地元の建設業の家系で、かつ東京や米国で学生時代を過ごし、外の目を持っている方々である。加えて、閉鎖的と言われることが多い佐賀の農山村と違い、四国はお遍路のようによそ者が行き交うことを許容する文化がある。だからこそ、佐賀においては地元で生まれ育った方々と密にコミュニケーションを取りながら、地域のリーダーの発意のもと、なるべく地域コミュニティと一体の形を取りながら慎重にコトを進めることが重要であり、永田さんや私といった外の人は、リーダーの参謀役、地域に外の人脈を呼び込む窓口、そしてある時は人口減少等が地域に与える影響について警笛を鳴らす専門家など、状況を見ながら様々な役割を果たす必要があると感じる。

 いずれにしても、勉強だけでなく実践に向けた挑戦が始まっていることは、様々な地域のまちづくりに中間支援的に、時にはきっかけづくりの形で関わる者として嬉しく思うとともに、今後も微力ながら私に出来る限りのサポートをしていきたいと思っている。

大南さん講演会の様子

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 以前ご紹介した「佐賀にとろけるツアー」に参加された高知県内の地域活性化NPOメンバー、県の観光担当職員や観光連盟、いの町の観光協会職員等、観光まちづくりに関わる方々高知県の方々からお誘いをいただき、10月6~8日の2泊3日で高知の観光まちづくりを学ぶツアーに参加させてもらった。このツアーの中では、朝どれの「日戻り鰹」を求める県内外のお客さんで賑わう中土佐町・大正市場や、いの町での手漉き和紙づくりや仁淀川でのカヌー体験、高知市の日曜市やひろめ市場来訪など、様々なメニューがあったのだが、紙幅の関係もあるので、その中で高知県の中山間地域活性化の取組について紹介したい。

 高知県は高齢化率が28.8%で全国3位、平成17年から平成22年の5年間での人口減少率が4%(約5万人減少)でこちらも3位と、全国的に見ても厳しい状況にある。国立社会保障・人口問題研究所が提供している将来人口推計データ(平成22年国勢調査をもとに推計)を見ると、高齢化率の全国平均値が高知県と同レベルになるのは平成31年であり、単純に高齢化率だけを見れば、高知県は全国より10年進んだ状況にある。その中でも中山間地域は特に疲弊が進んでいる。

 今回は、そうした中山間地域の一つである本山町でのまちづくりについて報告したい。


●足元の資源を使って事業化し、雇用を創出する民間発の取り組み
①ばうむ合同会社
 高知県本山町は、平成24年住民基本台帳の人口が3,889人、高齢化率は40.9%、四国山脈の中央部に位置し、約9割が急傾斜の山林で、集落・耕地は標高250m~740mの間に点在している。その中間部を吉野川が東流する。

 本山町に入って、まず「ばうむ合同会社」に向かった。案内していただいたのは、代表社員である藤川豊文さん。藤川さんは本山町で生まれ育ち、関東の建設会社に勤務した後、Uターンで本山町に戻り家業を継いだ。そして、平成17年に商工会青年部の有志でばうむ合同会社を立ち上げ、過疎化する地域における人材育成事業、地域資源を活用した新たな産業づくりに取り組んでおられる。具体的に、人材育成においては、慶応大学大学院経営管理研究科と連携し、インターネットを活用した双方向のテレビ会議システムを活用し、起業家育成講座を実施している。藤川さん曰く「変化の早い時代に対応すべく、小さく、機動力のある会社を30年後に30社立ち上げ、300人雇用したい」。実際に、現在は小学校向けの机・椅子や「もくレース」という木工芸品の販売で、平成23年は3000万円を売り上げ、4名を雇用している。また、近いうちに地元産米を活用した焼酎を取り扱う企業を立ち上げるそうだ。「100年先、200年先を見据えて、自然と共生できる、持続可能な産業をつくりたい。まずは林業を再構築したい。」とおっしゃっていた。

ばうむの主力商品である「もくレース」。社員の女性が趣味としていたレースのデザインを取り入れた木製コースターを作ったところ、大人気に
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②米米ハート
 その次に向かったのは、「米米ハート」という、米粉のパンを製造・販売するパン屋さんである。このお店は、本山町の真辺由香さんが代表を務める女性グループが運営しており、平成21年にオープンして今年で4年目。パン屋の他、米粉ケーキ専門店も平成24年3月にオープンした。2店舗で正社員5名、パート13名を雇用している。代表の真辺さんは、底抜けに明るい女性で、ニコニコと笑いながら、米米ハート設立の経緯や職場の様子をお話してくれた。

 元々は森林組合の事務職員で、お菓子やパン作りは趣味だったそうだが、地元のJA土佐れいほくが平成21年に、国の6次産業化の補助事業で米粉のブランド化に取り組み、米粉の製粉機を導入するのに合わせて森林組合を退職し、パンづくりを始められた。オープン当時の米粉パンのレパートリーは70種類だったのが、毎月新しいものを最低一個作っていたら、現在は230種類。私は「ナスの照り焼きバーガー」という珍しいパンを頂いたが、和風の味付けで、米粉のもっちりしたパンとよく合う。「オープンしたてのころ、病気にかかってしまって2年間闘病生活。一か八かで手術をして、今ではすっかり元気になりました。毎日が楽しくってしょうがないですよ」と語る真辺さん。笑顔が絶えない明るい職場だそうで、スタッフはすべて女性。

 過疎化の中、雇用の場は限られており、家庭の事情を考慮しながら勤務時間を確保することは簡単なことでは無いが、農業や子育て、介護など、個々の事情に合わせてシフト可能な、女性にとって働きやすい職場環境をつくっている。真辺さんは「積極的に地元のものを使って、地元の女性が考えたメニューを親しんでもらうことで、地域と一緒に成長したい」とおっしゃっていた。藤川さんと同様、町の将来について危機感を持ちながらも、「地域のものを使って」「地域とともに」「地域に雇用を」という思いが言葉の端々から感じられた。

米米ハートにて、ツアー参加者と談笑する代表の真辺さん(右端)。服装も、表情も、話し方も、とても明るい方だった
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●行政の中山間地域支援の取り組み
①地域支援企画員
 こうした、中山間地域の民間発の動きに対する行政のサポートとして、印象的であったのが、地域支援企画員と集落活動センターであった。

 高知県は平成16年から、地域づくり支援課内に「地域支援企画員」というチームを立ち上げた。県庁職員が地域支援企画員として各市町村に1〜2名ずつ派遣され、市町村の役場内にデスクを設け、週5日常駐するかたちで勤務している。この地域づくり支援課は約60名からなる体制であり、県と市町村の連絡調整のパイプ役を担うとともに、地域にあった取り組みを一緒に考え、活動していくキーマンとなっている。   

 今回の視察ツアー中に、中土佐町、いの町、本山町の地域支援企画員の方々とお会いしたが、皆さん地元の自治体職員や住民の方々と打ち解けて、共に活動しておられ、「まちづくりにより深く関わりたい県庁職員にとっては、天職です」と語る方もおられた。もちろん、支援員によって地域との相性や向き不向きはあるだろうが、この制度は総じて内外からの評価が高く、8年目を迎え、県外からの視察も多いそうだ。

②集落活動センター
 もう一つ印象的であったのが、中山間地域対策課の「集落活動センター」という事業。本山町内を流れる汗見川沿いには、6つの集落があり、平成24年4月時点で104世帯、216人の住民が暮らしている。この流域地域の高齢化率は59%と、高知県の中でも高齢化が進展している地域の一つだ。

 今回、この汗見川地区において廃校を利用した「集落活動センター汗見川」を視察した。汗見川地域では、平成11年に住民により「汗見川活性化推進委員会」という団体が組織され、様々な河川・森林の保全活動や廃校活用策の検討が行われてきた。そして、平成24年度に高知県中山間地域対策課の事業として集落活動センター推進事業という支援策が立ち上がるのに合わせて、平成24年3月から、汗見川活性化推進委員会が中心となって、運営方法や事業内容の検討を行い、6月に集落活動センター汗見川がオープンした。

 この活動内容としては、薬草の栽培や加工品の製造・販売(地域のスーパーの一番良い場所を確保してもらい販売)、「森のおきゃく」というユニークなツーリズムに取り組んでおられ、集落住民216名のうち40名以上が関わっているという。「おきゃく」とは土佐弁で宴会のことで、献杯と返杯を繰り返すのが土佐流。「しばてんおどり」という本山町伝統のコミカルな動きの踊りを踊りながら、地元の方々とおきゃくをするのが「森のおきゃく」である。私も高知市内で本山町スタイルのおきゃくを体験したが、しばてん踊りで大いに盛り上がった。

 このように、町内での企業、住民団体主体の動きに対して、外部の教育機関や国事業も取り入れながら、町と県が協力し、バックアップする体制が組まれている。

集落活動センター汗見川
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集落活動センター汗見川にて。お話をお聞きしたのは、地元役場職員の大西千之さん、汗見川活性化推進委員会の山下文一会長
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●高知と佐賀が地域間交流をしながら、学び合う関係性へ
 高知県、本山町の取り組みから学ぶことは大変多かった。高齢化・過疎化への対応という意味では、高知は危機的状況にある分、住民、企業、行政がタッグを組んだ最先端の取組が試行されている。

 私がまちづくりに関わらせていただいている佐賀県富士町は、人口、標高、平均気温、面積などなど、本山町とほぼ同じ値である。ただ違う点は、高齢化が本山町の方が3ポイント程高いということと、福岡市という九州最大のマーケットに隣接しているということ。その分、危機感は本山町の方が高いように感じるし、地域活性化の取り組みも進んでいる。そこで、12月18日に、ばうむ合同会社の藤川さん、米米ハートの真辺さんをお呼びし、富士町で開催されているまちづくり勉強会「元気塾」(富士支所総務課主催)の講師を務めていただくことになった。こうした二地域間交流を進めていくことで、若干の消費と、多くの学びを互いに得ることができればと思う。

 勉強会の後は、富士町から本山町に有志で視察ツアーに行こうか、という話も出ている。高知と佐賀は薩長土肥の間柄。この地域間交流を継続し、学び合いながら、互いのまちづくりがレベルアップしていけばいいと思っている。

手ぬぐいをかぶって「しばてんおどり」を踊りながら、献杯&返杯のおきゃく体験。高知の夜は長い
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本山町での各取組に対する、県、町、関係団体の支援
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●鯖江市の概略紹介
 鯖江市は、福井県の北部に位置し、人口は約6万7千人、国内唯一のメガネ関連産業の集積地である。元々は1905年に地元の庄屋が大阪から眼鏡職人を招いて、降雪が多い冬季でも屋内でできる作業として、近在の子弟に真鍮枠の眼鏡の技術を取得させたのが始まりである。今では、鯖江市のメガネフレームの国内シェアは96%、世界シェアでも約20%を占め、市内従業者の6人に1人がメガネ関連産業に従事している。

 しかし、メガネ産業を取り巻く環境は厳しい。福井新聞によると、日本のメガネフレームの輸入額は1992年から2010年までの18年間で約54億円から約153億円と3倍になり、輸入額に占める中国の割合は5%から75%に増加、一方で日本からの輸出額は約406億円から約124億円へ、3分の1に減少している。この20年間で鯖江市内のメガネ関連の事業所数は4割、従業者数は3割減少している。さらに、近年は韓国が安価なプラスチック製メガネを中心にシェアを伸ばしており、日本への対日輸出額は2012年1~7月度の前年同期比8割増となっている(韓国、聯合ニュース)。ニュースなどでソニーやシャープ、NEC等、日本の製造業大手の苦境を耳にするが、地域の中小企業からなる産業集積地も、グローバルな競争にさらされている。

 そうした中、鯖江市の地域・産業活性化、地域ブランドづくりへの取り組みがユニークであると、様々な方からお話を聞く機会が増えてきた。また、弊社は今年度、㈱博報堂との協働で、玉名市の地域ブランド戦略プラン策定のお手伝いをさせていただく機会を得たため、8月3~5日に鯖江を訪問し、まちづくりのキーマンや市職員の方々からお話をお聞きするとともに、鯖江市のメガネ工場・メガネの小売店舗等を視察した。


●メガネ関連産業の活路は「鯖江ブランド」づくり
 鯖江市は、平成22年度から平成26年度の5年間を計画期間とする「第5次鯖江市総合計画」の中で、「鯖江ブランドづくり」と「人の増えるまちづくり」という2つの重点施策を挙げ、すべての事業がこの重点施策に紐付く施策体系としている。

 そして、平成22年より「大学連携地場産業鯖江ブランド化事業」を実施し、ブランディングを専門とする学識経験者等を招いた勉強会(年5回開催)や講演会を通して、鯖江市のブランド力向上を進めており、これまで蓄積された固有技術や伝統的な技法を生かした新製品・新技術の開発、異分野・異業種への進出を支援している。

 今回訪問した㈱キッソオでは、吉川専務からお話をお聞きした。㈱キッソオは元々、メガネフレーム用のプラスチック材、メタル材の加工を手がけていたが、2010年からは、アクセサリー部門を立ち上げ、キッソオの店頭はもちろん、近隣のメガネ店、美術館等で販売を開始している。この新規事業への着手、販売チャネルの選択にあたっては、前述のブランド化事業の勉強会で同業者やアドバイザーの方々からの意見を参考にしたとおっしゃっていた。

 また、小売店である「田中メガネ」の田中さんからお聞きした話によると、鯖江市のメガネフレームメーカーは、海外企業のブランドをOEM生産してきたため、産地である鯖江の名前が表に出ることは多くなかったそうだ。しかし、今後は世界のメガネ産地として福井・鯖江のアピールを実施するとともに、海外で真似のできないメガネフレームとして伝統工芸とコラボした商品、また高度な加工技術が必要なチタンやマグネシウム素材を使用した商品開発を行っている。加えて、TEAM291(ふくい)というブランドを立ち上げ、インターネットによる商品管理・小売により、品質の良い商品を適正価格で消費者に届ける仕組みづくりに挑戦している。
 こうした「産地のブランド化」を、総合計画における最重要課題として、市・企業が一丸となって取り組んでいる。

(株)キッソオのフレーム樹脂加工技術を活かして作られたアクセサリー
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●鯖江市のまちづくりの「ブランド化」
①鯖江市地域活性化プランコンテスト
 そもそも私が鯖江市に関心を持ったきっかけは、「鯖江市地域活性化プランコンテスト」であった。このコンテストは、まちづくり・地域活性化のプランを大学生が考案し、市長に提案するというもの。鯖江市出身で当時東京の人材育成コンサルティング会社に勤めていた、竹部美樹さん(現在は鯖江市のNPO法人エル・コミュニティ代表)らが、大学生の人材教育の一環として企画し、今年度が5回目。毎年、関東、関西から学生約30名が集まり、2泊3日の泊まりこみで鯖江市を見て回り、市長になったつもりで施策を提案している。
 このコンテストで提案されたプランは、実際に実行に移されているものもあり、参加者の学生が社会人になってから地域活性化NPOを立ち上げたりしている。大学がないまちが、学生の若いアイデアや行動力をうまくまちづくりに活かした事例として、各種メディアに取り上げられ、鯖江モデルが各地に派生するなど注目を集めている。主催は鯖江市地域活性化プランコンテスト実行委員会であるが、鯖江市も情報発信や運営サポートなど、積極的に運営に関わっており、竹部さんの思いの実現を後押ししている。

②鯖江IT推進フォーラム"電脳メガネサミット"
 もう一つの興味深い事例は、鯖江IT推進フォーラムである。このフォーラムは、市内のIT企業㈱jig.jpの福野社長が中心となって運営している。前述の工場訪問の後、第二回鯖江IT推進フォーラム"電脳メガネサミット"に参加させてもらった。

 電脳メガネとは、メガネのレンズの部分に必要な文字や映像などの情報を現実の情報と一緒に表示することができるもので、現在グーグルが開発中の「グーグルグラス」や、セイコーエプソンの「MOVERIO」などが有名だ。この電脳メガネの産地としての鯖江市の役割を模索するとともに"メガネとITのまち鯖江"を世界に発信するために開催されたそうだ。

 福野さんは、このフォーラムの中で、「スマフォはもう古い。今からは電脳メガネだ。」というメッセージを出しておられ、メガネのまちの将来を牽引する可能性のある「電脳メガネのまち、鯖江」を早くもアピールし、電脳メガネを核とした新産業を牽引しようとしている。

 鯖江市は、この動きを、市のHP等でPR、鯖江市長も開始から終了までフォーラムに出席し、積極的にコメントされていた。また、市の職員の方々が受付や懇親会など、運営のサポートを献身的にしている姿が印象的であった。

 このような地域ぐるみでのウェアラブル端末開発の動きに加え、近年は、オープンデータ、オープンガバメント、といった最新トレンドにおいても、福野さんら鯖江市民、市内企業の取組が全国をリードしている。

IT推進フォーラム"電脳メガネサミット"の様子
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③鯖江市「市民主役条例」
 こうした市民・市内企業が主導、行政がサポート、という鯖江市の動きを象徴するのが、平成22年4月に策定された「市民主役条例」である。市民主役条例の目的は、市民が主役のまちづくりを進めることであり、条例の理念として「まちづくりの主役は市民である」「市は協働のパートナーとしてまちづくりに参加する市民の気持ちに寄り添い、その意思を尊重するとともに、自主自立を基本とした行政運営を進める」とある。そして、この条例とセットで市民が発案した事業に行政が予算をつけて実現化する「提案型市民主役事業化制度」という施策も実行されている。

 これらの動きは住民、企業、そして市役所内部からも大変高く評価されており、市職員の方曰く「牧野百男市長の人望は大変厚く、市役所職員からもとても慕われている。市長が言うのであれば、という雰囲気がある。」とのことだ。竹部さんによると、鯖江市長・鯖江市はとにかく柔軟で、若者の意見もよく聞いてくれ、まずはやってみようとなる。それだけに失敗も多いらしいが、まずは動いて、挑戦してみて、修正する。そして一回で諦めない、継続しているところが強みなのだそうだ。 
 IT化、グローバル化と言われる現代、世の中の変化の流れは速く、特定の産業集積地や大企業も、いつその影響を受け、破綻するか分からない。鯖江市にも強い危機感があるが、鯖江市は、メガネを中心とした「産業のブランド化」、そして市民の自主性を活かしたまちづくりでこの苦境を乗り越えようとしている。

 結果、前述のように鯖江市地域活性化プランコンテストは、学生がまちづくりのアイデアを提案する場として、全国にその名が広がりつつある。そして、電脳メガネサミットにおいても、福野社長の呼びかけのもと、全国から大手メディア、製造業、ベンチャー関係者等、錚々たるメンバーが集まり、電脳メガネを活用したビジネスのアイデアなどを出し合っている。

 このように変化に敏感で、情報発進力のある人たちが集まる場が生まれ、鯖江モデルのまちづくりとして徐々にブランドができつつあり、全国から視察者が訪れるようになっている。 


●生き残る都市は、「変化する都市」
 昨年、ある先生がダーウィンの「生き残るのは、最も強い生き物でも最も賢い生き物でもなく、変化に適応できた生き物」という言葉を引用しながら、生き残るまちは「変化するまち」であるとおっしゃっていた。鯖江は今まさに、地域産業の既存の集積・強みを生かしながら、新たな産業に進出したり、販路を開拓、付加価値の向上等といった変化をしようとしている。そして、こうした動きを後押しする様々な分野のプロフェッショナルや多様な年代・地域の人材が外から集まり、変化を牽引している。

 そして、行政は「市民が主役、行政はそれに寄り添い実現をサポートする」という考え方で後押ししている。鯖江市のまちづくり・産業再生の動きは、日本各地のまちにも参考になる部分は多いと思う。

 鯖江市の挑戦から、今後も目が離せない。
●宇宙はどうやって生まれ、何でできていて、これからどうなっていく?
 昨年、素粒子物理学の先生からお聞きした話によると、宇宙は、そのほとんどが暗黒エネルギーや暗黒物質と言われる測定不能な物質で構成されており、人類が見知ることが出来ている物質は約4%に過ぎないそうだ。宇宙には、その始まりやこれから等々、未だ解明されていない謎が膨大に残されており、宇宙ステーションや"はやぶさ"のように惑星探査等で宇宙に「行く」、すばるやハッブルのような望遠鏡で宇宙を「観る」、あるいは加速器により宇宙誕生直後の状態を「創る」といった様々な手法で、宇宙の真理に迫る研究が行われている。
 仮想ビッグバンを「創る」次世代の加速器と言われているのが、国際リニアコライダー(International Linear Collider:ILC)である。ILCは、全長30km以上の地下の直線トンネル内に設置した加速器で電子と陽電子をほぼ光速まで加速・正面衝突させ、ビッグバン当初の超高エネルギー状態に近い状態を再現し、衝突によって生成される粒子を測定するもの。質量の起源や暗黒物質の解明など、未解決の宇宙の謎に迫る国際協働事業であり、現在候補地選定が進められている。21世紀の世界3大プロジェクトの一つと言われる巨大プロジェクトだ。
 そのILCの建設候補地の一つが福岡県・佐賀県境の脊振山地である。弊社はILCを核とした国際研究都市構想の作成を受託しており、私も都市構想研究会の末席に事務局として加えていただいている。
 現在、世界の素粒子物理学研究をリードしているのがスイスのジュネーブにある欧州原子核研究機構(Conseil Européen pour la Recherche Nucléaire:CERN)である。昨年、CERNを訪問し、ジュネーブ州の行政職員やCERNの職員の方々にインタビューをすることができたので、ジュネーブ等周辺地域とCERNとの関係を中心にブログにアップします(以下個人の意見です)。


↓CERNでは、国際連携、人的資源管理、技術移転、ローカルコミュニケーションなどの分野の担当者からお話を伺った。
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↓CERNのルディガー・ボス氏、現地駐在のKEK(Kou・Enerugi・Kenkyuu・Kikou)の方々、九大川越先生、高田先生、佐大三島先生、九経調上田さんと。写真撮影の合言葉は「3、2、1ヒーッグス!」だった。
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●CERNで行われているのは、超巨大スケールの国際協働プロジェクト
 CERNは、ジュネーブ郊外、スイスとフランスの国境地帯に立地しており、1952年に誕生した戦後初の国際協同機関である。約2,500名の職員がおり、世界各国から年間約1万人の研究者・学生がCERNでの研究や実験に参加している。年間の予算規模は約1,000億円であり、その大部分は加盟国による出資によって賄われている。
 ここCERNにある加速器LHC(Large Hadron Collider)が、現時点で世界最大の加速器である。LHCは地下100mにある周長27km(山手線は約21km)のトンネルであり、その中に加速器と、「世界最大の科学装置、史上最大の機械、大聖堂」などと評されるATLAS(高さ22m、7,000トン)、CMS(12,500トン)を含め巨大な検出器が4ヵ所設置されている。
 また、加速管の中は宇宙の温度よりも低い摂氏マイナス271.3℃にまで冷却された真空状態であり、数千の超伝導磁石によって光速とほぼ同じ早さにまで加速された陽子が、検出器の内部で毎秒5,000万~数億回衝突する。こうして毎秒6ギガのペースで積み上がる非常に膨大なデータの中から質量の起源「ヒッグス粒子」の痕跡を探す作業が行われている。
 これらの実験により生み出されるデータは世界中の50カ国、250の計算センターにあるスーパーコンピューターをつなぎ、世界最大のグリッドコンピューティングによって解析される。科学雑誌「ネイチャー」は、「大型ヒューマンコライダー(2010.3)」という記事で、「これほど大勢の科学者が集まって研究し、全員が一つの目標に向かって努力をしたことは歴史上一度もなかった」と表現しているが、予算の調達から日常のコミュニケーション、そして研究成果の解析など様々な局面でグローバルな協働が求められる超巨大プロジェクトである。
 余談ではあるが、我々が日々使っているインターネットの基盤ワールドワイドウェブ(www)は、世界に散らばる数千の素粒子物理学者のコミュニケーション手段としてCERNで開発されたもの。売店では「world wide web born @CERN」と書かれたTシャツが売られており、私もミーハーなので一枚購入した。


↓ATLASの検出器。真中下に写っている人と検出器全体とを比較すると、その大きさが分かる。
(CERN HPより)
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↓検出器「ATLAS」のコントロールセンター。壁面全体がモニターになっている。スタッフが常駐・監視している。
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↓陽子同士の衝突時のシミュレーション画像。膨大なデータの中からヒッグス粒子の痕跡を探す作業が行われている。
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↓赤い円が空から見たLHC加速器のトンネル。実際には地下100mにあり見えない。(KEK HPより)
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以下、国際研究機関が立地する都市としての、ジュネーブの魅力について考えたことのメモ。

歴史的蓄積・経験: 国際都市としての歴史的な蓄積がある
 こうした巨大国際研究機関を受け入れている都市が、ジュネーブである。ジュネーブには国際連合欧州本部や世界貿易機関 (WTO)など31の国際機関で約3万人が勤務し、250のNGOが存在する。なぜジュネーブにこれだけの多くの国際機関が立地しているのか、ジュネーブ州の国際機関の調整窓口を勤めている担当者によると、「ジュネーブは1800年代の赤十字の設立以来200年にわたって、国際都市としての土壌が育まれてきた。このことはジュネーブの存在価値であり強み」だそうだ。
 現在、ジュネーブは世界有数の国際都市であり、外国人が住民の4割を占める。一方でレマン湖のほとりに歴史的な町並み、文化財があふれており、飲食店ではチーズフォンデュやスイスワインなどの地域性あふれる食事を楽しむことができる。長い年月をかけて培われた国際性とローカル性が共存した魅力的な都市である。


↓チーズフォンデュとスイスワインを堪能。スイスワインは地元で消費されるため、輸出に回る量が少ないらしい。美味でした。
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↓レマン湖のほとりを10kmジョギング。池のほとりに歩道が広くとってあり、走りやすい!!!
朝ラン@ジュネーブの軌跡(runkeeper)ttp://runkeeper.com/user/haraksk/activity/60726304
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教育・生活環境: 各国から訪れる研究者子弟の教育環境が充実している
 またジュネーブは、教育の国際化が進んでいる印象を受けた。公立学校は、小学校低学年は仏語のみ、9歳からドイツ語を学び始め、12歳から英語も学ぶ。ジュネーブはインターナショナルスクール発祥の地だけあって、その教育レベルが高く、選択肢が充実している。インターナショナルスクールの学費は高いところで年間300万円と非常に高額だが、CERN研究者は20~30代の若手が多く、「研究者の生活環境を整える上で、子弟の教育環境整備が重要(CERN担当者)」という理由から、インターナショナルスクールの学費の75%が補助されている。

↓食堂のメニューが豊富で美味しく、生活環境も充実。子ども連れの姿もちらほら。
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都市機能・インフラ: 都心や交通機関とのアクセスが良好である
 ジュネーブからCERNまでは片側2車線のまっすぐな道路で直結されており、ターミナル駅であるコルナヴァン駅からCERNのメイラン地区のキャンパスへは、トラム(路面電車)に揺られて30分ほどで行くことができる。CERNはトラムの終着駅なので、トラム自体や停留所に「CERN行き」と書いてあり、非常にわかりやすい。また、CERNからジュネーブコアントラン国際空港までは直線距離で3kmと近く、世界中から訪れる研究者達が容易にアクセスできる。CERN内の研究者にとっても、生活の利便性が高く、気分転換や異業種の交流が可能な環境となっている。


↓CERNとジュネーブ中心部の位置関係(Google map)
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基礎科学への理解: 地域住民の基礎科学に対する理解が深い
 ジュネーブ州の都市計画担当者に、ジュネーブのまちづくりについてヒアリングをしていたとき、印象的なことがあった。我々がジュネーブに行ったのは、「光よりもニュートリノの方が早い?」というCERNでの実験結果が世界中で報道された2~3日後だったが、その担当者がCERNでの研究内容や報道内容を、まるで我がことのようにスラスラと自慢げに語っており、科学への知識・造詣の深さが伺えた。そこで、「ジュネーブの街の人もそんなに詳しいのか」と聞いてみると、「下に降りて聞いてみたらいいさ。街の人は皆知っているよ」と言うのだ。聞くと、「スイスの国民は好奇心旺盛で、世の中の動きを常に把握したがるところがあり、CERNでどのような実験が行われているかということについても、住民の大多数はよく把握している」のだそうだ。住民の基礎科学の理解度や関心は日本と比較して格段に高いことを肌で感じた。加えて、村上陽一郎先生の書籍「科学・技術と社会」によると、ヨーロッパにおける「科学」は元々、神の行いを解明する神聖な行為の延長上で、真理の探求に対して国の予算を投入することについても、伝統的に住民の理解が深いのだそうだ。
 実際、CERNの研究には莫大な投資がなされているが、国として短期的な利益を求めておらず、長期的な視野で取り組んでいる。このあたりは、科学技術予算が事業仕分けで削られる我が国との違いを痛感させられる。研究開発の成果の移転・商用化に対しても、wwwの例を見ても分かるように、より広く社会へ還元することを重視している。


↓現地の雑誌の1ページ。CERNでの実験成果、建造物を芸術的・美的なものと解釈。
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コミュニケーション: CERN、自治体が協働し、住民とのコミュニケーションを図っている
 加えて、CERNと自治体側も住民とのコミュニケーションの努力をしている。LHCの稼働前後に、世界各国から研究者が移住し、外国人の人口が増加したことや、「実験によってブラックホールが生まれるのではないか」という噂が周辺地域で広まったことから、CERNはローカルコミュニケーションの部署を新設し、様々な交流プログラムを実施している。
 自治体側は、CERNのエントランス付近にある「The Glove」という木製の展示館の建設費を拠出し、内部の壁一面を使って再生される壮大なビデオ映像のスポンサーを探すといったサポートを行なっている。展示内容は、CERNの施設紹介や、素粒子、宇宙について、非常に美しく、且つわかりやすく作りこまれており、そのセンスに感心させられた。今後も、エントランス付近の沿道やゲートをCERNと自治体が予算を分担し、整備していくそうだ。
 このようにジュネーブは、長い年月をかけて築かれた国際性、基礎科学への理解度の高さといった基盤を形成している。この国際都市としての基盤の上にCERNという国際研究機関が立地し、自治体とCERNが協働しながら交通・交流機能を整備し、研究者の生活環境を整え、市内の他の関連施設と都市とが上手く連携し、活性化させている。


↓CERNで実施されている交流プログラムの例
Draw me a Physicist:地元小学生向けに科学者の仕事を教える。20の小学校から約400名が参加。
High School Teachers at CERN:高校の物理教師向けの20日間の講座を提供。世界各国から約1,000名が参加(2010年)。
CERN Summer Student Program:大学生・院生向けプログラム。53カ国から約200名が2ヶ月滞在。


↓The Groveの外観。地球を思わせる球形で、環境に配慮した木製の建造物。
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↓The Glove内部。定期的に部屋が暗くなり、壁面一体に宇宙のはじまりや素粒子についての美しく先鋭的な映像が流される。映像のスポンサーはROLEX。
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●脊振山地のポテンシャルと課題
 現在、脊振山地を含む世界5地域が名乗りを上げており、国内のライバルは北上山地である。これらのジュネーブの現状を踏まえた上で、脊振山地に目を転じると、福岡市、佐賀市といった拠点都市や空港・港湾・鉄道等の交通拠点と近接し、既に一定の都市基盤・インフラが築かれている。この点はこれから都市形成を図る北上山地と比較して優位性があると思う。また、北部九州は成長するアジア市場に近く、これまでも産学官が連携したアジアターゲットの様々なプロジェクトが展開されており、日本国内では比較的国際交流の歴史的蓄積がある。このほかにも、温暖な気候、災害の少なさなどのポテンシャルを有する。
 ライバルである岩手県は、震災復興のシンボルの一つとしてILCを位置づけている。もちろん復興におけるILCの重要性は大きいと思うし同情する部分もあるが、今後数十年間利用される施設だという長期的スパン、研究者の多くを占めるであろう外国人ユーザーの観点から見て、客観的に脊振山地の方が研究に向いている立地だと感じる。
 一方で、ジュネーブと比べると、インターナショナルスクールやサインの整備、住民の語学力など国際都市としての外国人受け入れ環境や、基礎科学への地元住民の興味・関心・理解などはまだまだ向上の余地が大きいと思う。


●ILCをぜひ脊振山地へ!インパクトは大きい
 CERNでの研究から生まれた成果は、素粒子物理学分野に加え、wwwのような通信技術や、重粒子線ガン治療のような医療分野まで幅広い。そして、これから建設されるILCにおいても、このような私たちの暮らしを変える様々なイノベーションがそこを起点に生まれる可能性がある。また、ILCは施設自体の建設投資だけで約8,000億円〜1兆円(日本政府は約半分を負担、残りは関係諸国で分担)であり、これに加えて周辺の研究都市形成やインフラ整備も行われる。さらに、数千人の研究者が世界各国から集結・定住し、年間数万人の研究者が来訪する。その直接投資だけでも莫大な規模(ILCの経済波及効果は建設時約1兆1千億円~運用を含めると4~5兆円)である。そして、地域住民や企業の国際性が高まり、九州の知名度・ブランドが世界的に向上する大きなチャンスでもある。


●外国人の研究者コミュニティでも、ILCを日本へとの声
 日本は素粒子物理学の分野で世界的な競争力があり、日本人が受賞したノーベル物理学賞7人のうち、6人が素粒子物理についての功績である。この分野で世界的に日本への信頼度は高く、研究者コミュニティの中では「CERNの次世代の加速器は日本へ」という声は少なくないという話も聞く。


●これから必要なのは、地元の盛り上がり!
 日本国内の雰囲気としては、「ILCは東北に...」だと思う、現時点では。昨年12月にNHKのニュースウォッチ9でILC構想が紹介されたが、東北の動きがメイン。脊振山地への言及は「脊振山地も候補地です」という一言で終了。国内盤Wiredのvol2にILCが紹介されたときも、東北のことしか書かれていなかった(web版には脊振山地の名前だけは登場していますが、漢字を間違えている...)。繰り返しになるがユーザー目線では北上より脊振の方が利便性・安全性が高いが、脊振に足りない、そしてこれから必要なのは、地元の盛り上がりだと思う。ジュネーブ・CERNですら、サイエンスコミュニケーションの部署を新設して力を入れていたが、ここ九州においても、地元自治体を中心に組織を増強・新設するなどして、地道に啓発していくことの必要性を感じる。民間ベースでも、周知イベントや草の根の情報発信など、色々できることはある。
 こうしたフィールドがもし日本で形成されるならば素晴らしいことだと思うし、九州に生まれた私としては、ぜひILCが九州に立地して欲しいと思う。今後も微力ながらできることはしていきたい。



追記メモ:日本には、基礎科学への投資を拡大する国家的責任があるとの声も
 やや脱線気味になるが、前述の村上陽一郎先生の書籍によると、「日本は明治維新以降、欧米へのキャッチアップ重視で応用研究に力を入れ、諸外国が開発した技術を商用化・カスタマイズすることで国力を増強し、利益を上げてきた。しかし、現在先進国の基礎科学への投資は減少し、代わりに応用研究への投資が拡大する傾向にある。このままでは世界のイノベーションが停滞する恐れもある。日本のこれからの社会的責務として、基礎科学への投資を拡大し、世界の研究投資のバランスを保つ役割をすべき」といったことが書かれていた。

 先日、某市の情報化の方針を検討する業務の視察で、愛媛県内子町にある内子フレッシュパークからりに行ってきましたので、今更その備忘録をば。 

●内子フレッシュパークからりとは…  

全国の直売所でも成功事例として知られる内子フレッシュパークからりは、特産物直売所、パン工房・薫製工房・シャーベット工房・アグリ加工場などの農産物加工施設、レストランからり・あぐり亭などの飲食施設からなり、ぱっと見た目はいわゆる「農産物直売所」。しかし、その中身はおじいさん、おばあさん達がパソコンやPOSシステムをバリバリ使いこなし、「外貨」を稼ぐ「はいてく直売所」なのである。

 農業の後継者不足、農家所得の向上といったことを目標とし、平成6年に、直売所の実験施設「内の子市場」を開設。その後売り上げは順調に推移していったが、出荷・引取・精算など直売所運営上、生産者名を明らかにしたい、正確・迅速な精算をしたい、残品の情報が欲しい、直売所の販売情報が欲しい、といった様々な課題が生じてきたため、POSによる販売管理や情報ネットワークを平成7年度に整備し2度にわたり情報システムの改良を加えている。

●システム概要  

直売所開業当初より、直売所と農家を結ぶ「からりネット」を整備し、売り上げや残品の確認、追加出荷の判断に使用している。からりネットは、直売所の販売管理(POS)情報を携帯電話、電話音声、ファックス等に自動配信するシステムであり、販売額を伸ばしている農家は日々の販売情報を蓄積・分析し、効率的な出荷計画や作付計画を独自に立てている。携帯電話で直売所での売れ行き、在庫状況をリアルタイムで確認できるため、在庫がなくなれば新鮮な野菜をすばやく収穫・出品できる。また、売れ筋の商品、売れる時間帯などの履歴が残っているので、生産者のマーケティング資料としても活用されている。また、平成17年から、全ての出荷青果物に栽培履歴記帳を義務づけており、円滑な入力とチェックの迅速化を図るためトレーサビリティシステムを導入している。これらのシステム開発は、県内の企業が手がけているそうだ。

●その効果  

平成9年に㈱内子フレッシュパークからりを資本金2,000万円で創立後、住民に出資を呼びかけ、現在の資本金は7,000万円となっている。 直売所の販売額は、平成6年度に約4千万であったのが、平成19年度は4億5千万円と10倍以上に伸びており、同期間に出荷者数は100人から412人へと4倍、1戸あたりの販売額は40万円から110万円へと2倍以上に増加している。年間売り上げ700万円以上の農家も7戸あり、現在社員を48名雇用している。年間の利用者は70万人となっている。まさに地域の農業・雇用の拠点施設。さらに8割はリピーターであり、来訪者の8~9割は町外から訪れるということで、“外貨”をがっちり稼いでいる。 栽培履歴情報は店頭の端末とインターネットで開示しており、消費者は安心して青果物を購入でき、生産者は履歴記帳により過度の使用を制限することでコスト低減が図れている。また、キーボードを少なくする、スキャンした文字を読み込ませ、入力を不要にするなど、高齢者でも使いやすいシステムとした結果、80才の高齢者でも操作できるようになったそうだ。

●成功体験と経営者意識  

何よりスゴイと思ったのが、生産者の方々の経営者意識。直売所の情報ルームにいたおじいさんが語っていたのだが、意欲的な人達は日々の販売状況を蓄積、分析し、より効率的な出荷計画や作付計画をたてているそうだ。しかも、情報機器を活用し、売る努力をした農家は売り上げが向上するそうで、それを見た人が自分も使ってみる、といった感じで浸透していったらしい。農業への情報システムの導入により、効率化を図るだけではなく、農家から農業経営者へ成長するというプラスの波及効果が生まれている。近未来の農業の一部分を見た気がした。


9-3-1.jpgのサムネール画像内子フレッシュパークからり


9-3-2.jpgお客さんがトレーサビリティを確認できる


9-3-3.jpgパソコンルーム。生産者の皆さんが軽やかにつかいこなしていた。

唐津から素晴らしい人材が巣立つといいですね。

<九州電力>早大系校設立へ 学校法人に20億円寄付--佐賀
2月3日 毎日新聞


 九州電力は2日、09年中にも設立を予定する学校法人「大隈記念早稲田佐賀学園」(佐賀県唐津市)に20億円を寄付すると発表した。同学園は10年度に、中高一貫の早稲田大の系属校を開校する計画。私立学校設立にあたって九電が寄付をするのは初めてという。

 佐賀県と、資金集めを進めている財団法人「大隈記念教育財団」(理事長、海老沢勝二・元NHK会長)が1月、九電に寄付を要請。「県の地域振興に協力することは信頼関係の強化につながる」などとして寄付を決めた。同県玄海町には、同社の玄海原子力発電所が立地している。九電は法人税の非課税枠内に収めるため、20億円を数年に分割して寄付する。大隈記念教育財団の理事には、九電の松尾新吾会長が名を連ねている。

 同学園の設立は、早大OBらが早大創設者・大隈重信の出身地である佐賀県に学校を造ろうと計画したのが発端。県立唐津東高(移転済み)の跡地を活用する計画で、開校に必要な事業費は約41億円とみられている。

さて、今日は4年前から関わっているS市の観光振興業務の委員会でした。
委員会は年に2回しかないので、その準備にかなりバタバタしていました。

今年度の業務は、施策の効果を分析するフレームをつかめたのが収穫でした。
それと、旅行業界の景気や観光面で成長している都市についての情報をせっせと集めていると、観光庁のHPによく行き当たる。10月に観光庁ができたことで、業界や国の施策に関する情報のプラットフォームができたなと実感。

ところで、今回の委員会は、これまでずっと仕事をしてきた市職員O氏がことしで担当課に所属して7年目ということで、これが最後の委員会になる可能性が高いと思います。さすがにそろそろ異動だろという噂。
しかし、この1年のぼくの業務への関わり方がこれまでと比べてS市の現場から離れたものになってしまいました。観光入り込みや宿泊客数、交通機関利用者など、定性的に施策の効果を検証する指標についてはそれでも何とかデータは集まるのですが、現地で活動する方々の活気、一体感といったものにもう少し触れることが必要だったという反省が残ります。

こんなときは、委員会資料の読み込みにもっと時間をかけるべきなのですが、資料の調整に当日の1時間前までかかってしまい、まさに準備不足。加えて、現地の状況をよく把握できていない部分が多々ありながら委員会において資料説明を行ったので、自分的に今日の出来は10点くらいでした。

ちょっとO氏に申し訳なかったなと負い目を感じつつ、今年度が終わるまでにはあと3ヶ月あるので、挽回するために頑張らねばなりません。

とはいえ、今月の自分の中での山場と感じている3日のうちの1日が終わった。
あと、今月のピークは20日、27日。
それまで全力疾走ぢゃ。

イベントのご紹介です。
うちの会社が京築の地域ブランドづくりを手伝っている関係で、
当日は僕も焼き牡蠣係で参加します。
美味い牡蠣を食べたい方は、是非ご来場を。

以下、福岡県HPより引用

第4回ふくおか食の満祭 「京築フェア」開催

11月23日から毎週土曜日・日曜日に福岡各地域の「うまいもん」を集めて開催している「ふくおか食の満祭」。1回目のオープニングイベント以降、多くの方々にご参加いただいています。
4回目となる12月13日(土曜日)の開催は、「京築地域」の食と文化を味わうことのできる「京築フェア」を開催します。
新鮮な農林水産物や、それらを使った加工品など、京築のつぶぞろいの品々を天神のど真ん中で購入できます。
また、京築地域の子どもたちが大人顔負けの神楽の演舞を披露します。
ぜひ、お腹をすかせて天神中央公園へお越しください!入場無料です。


●日時●
平成20年12月13日(土曜日)午前11時から午後4時まで

●会場●
天神中央公園「ふくおか交流お祭りひろば」(アクロス福岡南側芝生ひろば)

●主催●
京築連帯アメニティ都市圏推進会議
(福岡県、行橋市、豊前市、苅田町、みやこ町、吉富町、上毛町、築上町)

●こだわりの出展物●
<食>
安全・安心の野菜・果物、ワタリガニ「豊前本ガニ」などの生鮮食品、こだわりのなたね油で作ったコロッケ、お米、お茶、こだわり卵のプリンやロールケーキなど様々な商品がそろいます!
鶏肉炭火焼、焼き栗、コロッケなどは、焼きたて・揚げたてが食べられます。
限定で焼き牡蠣(豊前海一粒かき)も販売します。

<子ども神楽> 午前11時から午後2時50分まで
京築地域は、32もの神楽団体が存在する、全国的にも例のない地域です。その京築地域から、5つの神楽団体の子どもたちが舞を披露します。(※雨天中止)



最近、ちょくちょく宮若市に行きます。
ここは、平成18年に宮田町と若宮町が合併して誕生した市で、トヨタ自動車九州工場が立地していることで知られています。
トヨタからの法人税や、就労者からの住民税などなど、トヨタの命運が市の財政に相当大きな影響力を持っています。


観光面でも、トヨタに頼るところは大きいです。
宮若市内で一番の入り込みがあるのは、農産物直売所の「ドリームホープ」で、年間約35万人。
次に大きな集客力を持つのが、トヨタ自動車九州工場で、年間5万人。
工場見学のニーズは高いそうで、現在は3ヶ月待ちの状況。
見学希望者を断っているような状況で、受け入れ態勢を拡充してもらえれば、10万人以上の来客も見込めるのでは?という話も聞いていました。
ですので、この2つの拠点に立ち寄る観光客に、市内の他の場所にも立ち寄ってもらうための情報発信と、異業種が連携した回遊の仕組みづくりが観光振興のカギになりそうだなと考えていました。


そこへ、最近の金融危機と、自動車産業の大不振…。
新聞で見ましたが、トヨタ自動車九州から宮若市への法人税は、昨年度の約7億円から、今年度は300万円に激減したそうですね。
派遣社員の人員削減など、暗いニュースばかり。
工場の稼働率も下がってきていて、本来ならば製造ラインを縮小せざるを得ないような状況の中、観光客が来訪する時間帯のみ、無理してラインを稼働しているような状況だそうです。
将来的には、見学者受け入れ数についても見直しを迫られるようなことになるのでしょうか。


自動車業界の不振は、周辺に立地する製造業だけでなく、サービス業や観光業など、様々な分野に影響を与えています。
昨今の宮若市を取り巻く状況を見ていると、都市が一つの企業に依存することの怖さをひしひしと感じます。

8-12-3.jpg

今日、とある企業の方々が、直売所設置の計画があるので…ということで会社に来られた。どうやら、以前の西日本新聞の記事&ブログを見ていただいたそうだ。最近更新ペースが落ち気味だが、ブログを書くことのメリット&責任を改めて感じる。。。


ところでこの計画中の店舗は、地元福岡の農水産物・加工品等がメインで、九州内の果物や畜産物も取り扱う予定らしい。福岡都心という立地条件からみて、百貨店の品揃えとどう差別化するかという議論の中で、直売所的な、生産者と近くて泥臭く、地場に密着した事業展開が望ましいということになったそうだ。


興味があるのは、この店舗がどんなサプライチェーンで運営されるのかということ。
農産物直売所の販売形態として、最近は都市近郊のスーパーに生産者が野菜を直接店舗にもちこむ“インショップ”というタイプの直売形態が人気だけども、今回の場合はもろに都市のど真ん中なので、生産者が直接持ち込むわけにはいかない。
消費者のメリット(安い・新鮮・安心等)と生産者のメリット(収入が比較的高い)という直売的なメリットを残しつつ、どう組織を構築し、運営するか…。
野菜のバイヤー・目利きがいて、ルートを持ったところとパートナーシップを組んで、店舗近郊の拠点にストックし、店舗のマネージャーが売るという役割分担で運営するとしても、その先に、店舗の利益だけでなく九州の利益につながる仕掛けを組み込んでもらいたいものです。
買い物を楽しむだけでなく、この場や商品を通じて各地域のファンになって周遊し、結果的に地域が活性化すれば、最高ですよね。


お話を聞いていて、生産現場の事情(生産者とのつながり・人間関係)が分かっていて、販路を持ち、消費者ニーズをマーケティング力を持ち、さらに売り場のコーディネートやマネジメントができる「農的経営人材」の必要性を感じた(しかし、そんな人いるのか?)。
僕はまだまだ生産と販売の“現場”に弱いので、もうちょっと勉強しないとです。


タイムスケジュールや運営方針・手法を含め、いろいろとハードルは多いそうだが、つくづく“いい話”だなと感じる。市民としてもこの話が今後どうなるか非常に楽しみなところ。
ぜひとも、実現して欲しいなぁ。

先日の東京出張の折、練馬区職員の井上さんに、練馬区の体験農園を案内して頂いた。練馬区の体験農園は、井上さん曰く「野菜作りのカルチャースクール型」だそうで、その仕組みは、以下の通り。


・体験農園は、三大都市圏特定市の「生産緑地」を対象とする。
・練馬区で第1号の体験農園がオープンしたのが平成8年。現在では、こういったタイプの体験農園が13園あり、着実にその数は増加している。
・生産緑地は指定後30年以上農業経営を継続していかなければならず、後継者がいないからといった理由で農業を継続していかないのであれば、莫大な相続税を払わなければならないというジレンマに陥った。
・そこで、農業者が練馬区の担当者と共に智恵を絞り、平成8年に「農業体験農園」を実現させた。
・「市民農園」は、割り当てられた区画を利用者が自由に耕すが、体験農園では、農家が栽培品目を決めて栽培計画を作成、講習会を開催。
・農家の耕作指導のもとに、利用者は割り当てられた区画で作付けから収穫までの農作業を行う。
・利用料は、練馬区民以外は1区画30㎡あたり4万3千円。練馬区民であれば区から補助金が出るため、年間3万1千円となる。
・利用者が農家に支払う利用料の中には、講習料と、収穫した農産物の買い取り料が含まれている。買い取り料は前払いであり、不作の場合も払い戻し等はない。

井上氏によると、農家の収入は、自ら耕作した場合の年収とほぼ同じくらいになるそうだ。また、生産緑地の固定資産税は農地課税であり、年間数千円。相続税も農業を継続することを前提に納税が猶予される。農家にとっては、都市住民を雇って畑を耕してもらい、なおかつ作物を前払いしてもらい、指導に対する謝礼までもらえるという、メリットの大きい仕組みである。
また、利用者は、地元農家による丁寧な指導を受けることができるため、失敗も少なく、手軽に野菜作りを楽しめる。しかも、スーパーで購入するよりも安くて新鮮な野菜を収穫できるうえ、体験農園を通じてコミュニケーションが広がる、といったメリットがあるそうだ。
リピーター率は9割を超えるとのことで、満足度は非常に高いことが伺える。体験農園の休憩スペースには、農園仲間へのサークル活動のお誘いなどのメッセージが書き込んであり、ほのぼのとした雰囲気である。


みやもとファームでは、農家レストラン、体験農園の他に、レストランの店先では野菜の直売も行っており、都市近郊での農業ビジネスを都市住民のニーズに応じた様々なスタイルで実現している。平日の早朝に農作業を楽しんでから出社するビジネスマンもいるらしく、大都市に住みながら農ある暮らしを楽しむというライフスタイルが徐々に広がっていると感じた。
この練馬区体験農園の取り組みは、安全・安心な食や、農ある暮らしへの関心がある都市住民にも願ったりかなったりの制度であるし、大都市における農地の存続のためにも有効な仕組みだと思う。

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 先週金曜日、佐賀県の川島CIOや、情報業務改革課の方々に、昨年作成のお手伝いをした「さがICTビジョン2008」の進捗状況等についてお話をお聞きしてきたので、その後の取り組みのご紹介。


 「さがICTビジョン2008」は、「まなぶ」「はたらく」「くらす」と、「インフラ」の大きく4つのテーマでどう情報化を進めるかという、かなり網羅的(総花的?)な内容だったのですが、その具体化については、離島地域で遠隔医療の実験が始まったり、高齢者向けのICT講座や、小学校の情報化、観光面でのWiFi端末設置・コンテンツ提供等の実験や、佐賀県とマイクロソフトとの「ワークスタイルの実態に関する共同研究」がスタートしています。


 さらに、行政の情報システムを県内の自治体が共同で開発するという取り組みも行っていて、この財政削減効果は5年で40億円と試算。これは、これまで各自治体が個別にシステム屋さんやベンダーさんなどにお願いしていたものを、「どこも似たり寄ったりのシステムをつかうんだから、みんなで一緒に開発して、一緒に使いましょう」という話。


 佐賀県の情報化の取り組みの中でも、行政内部の情報化については、佐賀県の取り組みは外からの評価も高くて、各種新聞に取り上げられたり、日経の電子自治体ランキングで第一位に選ばれたりしています。その成果を「いやぁ良かったね」とみんなで拍手して、この場は和やかに終了したのでした。最後に、CIOが「この仕事は単価は高くなかったけど、海老で鯛を釣れますよ」と言っていたけれど、その成果を活かすのは今後の営業次第。

昨日は唐津市にて、大学事務局の方、県庁、市役所の方々との打ち合わせ。
小・中学生保護者へのマーケティング、学校運営コストの詰めが足りない。

学生生活について、どうやら学校選択の一つのラインが自宅から60~90分圏域にあるそうだ。この圏域の私学志願者はどのくらいのボリュームで存在しているのか…。
自分なら、90分もかけて通学するのはちょっときついけど。

コスト面について、建設費はある程度見えてきたが、教員・事務職員の人件費や寮の運営費、食事提供方法・スクールバス等、検討する内容が多い。
S君、また色々教えてくれ。


18日は、佐賀市にて旅館経営者・女将、市役所職員等約30名の会合に参加。
佐賀市の観光振興戦略の一つとして、昨年から古湯・熊の川温泉のもてなしの現状に関するアンケートを実施しており、その途中経過を参加者の皆様にご報告。

平成17年の佐賀市・富士町の合併以来、旧富士町内の「古湯・熊の川温泉」の活性化は大きなテーマの一つ。温泉地の方々もモチベーションが高く、まちなみの環境整備や旅館の経営改善の取り組みが急ピッチで進んでいる。


体重が1週間で2㎏くらい減った。
奥さんは子育てのために実家に帰ったし、BEN君の結婚式以来、良いメシをくってない。
今日は昼・夜とコンビニおにぎりで済ませた。

アタマの整理のため、直売所について、とりあえずひとまとめ。
以前の記事
との重複あり。

●現状
 一昔前の直売所は、「無人のテントで、市場に出せなかったB級の農産物を安く売っている」というイメージでしたが、現在では、物販に加えてレストランや加工所、観光情報コーナー等を併設した複合施設に進化するとともに、生産者の方々が自分の名前を出して自慢できるような、新鮮で、安全・安心の農水畜産物を売っており、生産者所得向上だけでなく、地域コミュニティの活性化、観光振興の視点からも、地域における直売所の重要性が年々高まっています。

 福岡県内の直売所数をみると、平成15年の259件をピークに減少してきており、平成18年では230件となっています。ただし、売り上げは平成10年の57億円から、平成18年では200億円と、3倍以上増加しており、一店舗当たりの売り上げが増加しています。

 近年では、計画段階から数億円の売り上げを期待する大規模店が続々とオープンしており、これらの大規模店と競合する中小規模の直売所は淘汰されたり、生産者の高齢化のため、消費者が求めるだけの商品を確保できなくなり、廃業するところも出てきていると聞きます。


●不安材料

 直売所を訪れる消費者は単に安い商品を求めてくる方々だけでなく、地産地消で、出所が見える安全な食材やその地域ならではの食文化や自然環境、生産者の方々との交流といったものをトータルで楽しみに来ている方も多いと考えられます。

 来客数が増え、ニーズに応えるために大規模化するあまり、出荷物のレベルを一定に保つことが難しくなったり、地域外からも商品を入荷し地域性が薄れる、生産者と消費者の距離が遠くなってしまうといったことがあると、消費者の期待に答えることが難しくなってしまい、結果として支持を得られなくなる可能性もあります。

 平成19年度の食料・農業・農村白書においても、直売所利用者の8割が地産地消を認知し、6割が実践しているという調査結果が出ており、単に農水産物の安定確保を目的とした流通ルート拡大や売り上げ増加のための規模拡大が、果たして消費者の理解を得ることができるかどうかは疑問です。

●生き残るために
 北部九州の直売所では、加工品や鮮魚に力を入れ、品揃えの特色を出して差別化するところ、魚の調理や精米など、新たなサービスを取り入れるところ、携帯電話を使った販売状況把握、在庫管理システムなど、新たな技術の導入を図るところも出てきています。

 しかし、地元産品を使った、地域性のある商品やサービスの提供と、直売所が地域と共生、貢献していくことが、地域住民からも、消費者からも支持される、持続可能な直売所づくりのためにもっとも重要なことなのではないかと思います。


●今後の課題

 生産者の高齢化や周辺の直売所増加により、出荷する生産者の協力を得ることが難しくなってきているところもあり、農産物安定供給のための取りくみや、地域の後継者育成、都市住民との交流等による地域農業の多様な担い手の確保が求められています。

 農産物の安定確保や地域貢献のための特徴的な取り組みをしている直売所として、二丈町の福ふくの里、佐賀市大和町の大和そよかぜ館などがあり、「福ふくの里」では、ハウス野菜確保のため、生産者にハウス建設の補助を行っています。また、そよかぜ館では、耕作放棄地を利用した体験農園の開催などの取り組みを進めています。

 直売所は生産者をはじめとする地域の方々の理解・協力無しには成り立ち得ない業態ですので、地域の学校や病院との提携や食育、耕作放棄地の利用、後継者の育成といったかたちで直売所が地域に貢献し、地元の方々への支持・共感を得るための活動が持続可能な直売所づくりのために重要だと思われます。

直売所に関する問い合わせが増えてきたにもかかわらず、ここ一月ほど直売所に行ってない。
そこで、最近の直売所事情を勉強しようと思い、土曜日に前原市の「伊都菜彩」と二丈町の「福ふくの里」、そして日曜日に久留米市の「道の駅久留米」と、那珂川町の「かわせみの里」に行ってきた。

とにかくどこも人が多い!
道の駅久留米なんて、人が多すぎて動けない。伊都菜彩は、休日は5000人の来客があるらしい。
個人的には、福ふくの里や、かわせみの里くらいの、こぢんまりとした直売所の方が好きだな。

道の駅久留米には、地場の農産品に加えて、熊本の農産品や、八女茶もあった…。
「一番人気はトマト」という直売所が多い中、ここには普通の桃太郎トマトしかなかった。もう少しトマトが充実してればよかったかな。

野菜にはまりついでに、先日、野菜ソムリエ(ジュニア・ベジタブル&フルーツマイスター)の資格を取得しました。

8-6-1.jpg土曜日の伊都菜彩


8-6-2.jpg道の駅久留米


8-6-3.jpg道の駅久留米の内部

赤ちゃんが生まれてからというもの、慌ただしい日々が続いています~。
ゆきこと娘の“あおい”ちゃんは、奥さんの実家に帰ったので、僕は会社、奥さんの実家、僕の実家、僕の家を行き来しています。
夜は奥さんの実家にお邪魔して、娘を挟んで川の字に寝ることが多いのですが、大体3時間毎に大泣きするので、若干寝不足の毎日。


もちろん、仕事もぼちぼちやってます。
平成22年度に新設されるW大学系列の中高一貫校の基本計画の仕事が舞い込んできたので、最近は受験情報雑誌を読み、様々な学校に電話したり、お話を伺ったり…。
まるで小学校高学年の子を持つパパのように、書店の受験コーナーに貼り付いている僕。


この仕事は、中高一貫校の計画は、会社にとっても初めての経験なので、相当悩みが多く、試行錯誤です。
校風、校歌、校章、制服、カリキュラム、年俸、生徒募集計画、給食配膳方法、寮運営方法、施設建築計画等々、本当にわからないことだらけ。


こんなときにやっぱり一番頼りになるのは人のネットワークです。
教師になった先輩や学校事務局の友人、塾講師経験者の友人、中高一貫校出身の友人達に連絡しまくり、会社の上司にも相談しながら、何とか情報が少しづつ集まってきたかな。


中でも、現在市内私立高校事務局の友人S君からは、学校経営や組織形態、カリキュラム計画、学生生活等の話を2時間ばかし聞いて、これが非常に具体的で参考になった。
初めてS君から、具体的な仕事の中身を聞いたけれども、本当にお忙しいなか時間をとってもらい、ありがとうございました。


全く取り組んだことがない新しい仕事に対しても、なんとか対応してアウトプットを出すことが常に求められているので、そのチカラは少しずつ身につけて来れたかな。


「娘を行かせたいと思うような学校にしたい」という今までにないモチベーションができたことが、僕の新たな変化か…。

直売所ネタが一面トップ記事になるとは[emoji:v-15]
さすが、直売所全盛の時代。

西日本新聞5月12日朝刊
『大型化、揺らぐ地産地消 変わる直売所 九州 高齢化、中小に淘汰の波』

 「安全な食」への関心の高まりを背景に、地元の朝採り野菜や魚介類、ブランド肉などを扱って人気を集める「直売所」に変化が起きている。福岡県内では近年、大型スーパー並みの売り場面積と駐車場を備えた直売所が相次いでオープンする一方、先発組である中小規模の直売所は淘汰(とうた)の波に洗われている。識者からは「地産地消の持ち味や地域それぞれの特色が失われないか」と懸念する声も出始めた。

 福岡市に隣接する福岡県前原市の国道バイパス沿いに、昨春に開店したJA糸島産直市場「伊都菜彩(いとさいさい)」。400台分の駐車場を備え、売り場面積約1300平方メートルは農水省調べによる全国平均の7倍もある。10日に来店した福岡市城南区の男性(73)は「野菜の形はふぞろいでも安くて新鮮。月数回は車でまとめ買いにくる」と話した。

 同時期にオープンした同県宗像市の「道の駅むなかた」(約1.4ヘクタール)の直売所は、当初見込みの3倍を超す1日平均6400人が来店。急きょ市は渋滞する国道の拡幅工事をし、第2駐車場も確保した。

 福岡県内では昨年以降、朝倉市や筑前町にも大型直売所が開業。久留米市や宮若市でも年間数億円の売り上げを狙う直売所の開業計画がある。

 同県によると、県内全域の直売所の推定売上高は、2000年の計68億円から07年は計200億円に急増。一方で、直売所数は04年3月末の259カ所をピークに減少に転じ、07年3月末には230カ所まで減った。

 九州の直売所事情を調べた福岡市の民間調査機関「よかネット」の原啓介研究員によると、同市近郊や佐賀、熊本両県北部など福岡都市圏住民の日帰り圏内が直売所の激戦地。中には大型スーパー並みの品ぞろえを確保するため、地元にない品を域外から調達する直売所もあるという。

 原さんは「中小規模の直売所は苦戦しており、生産者が高齢化した地域では品数が確保できず、閉鎖する直売所も目立つ」と指摘。農産物直売所を研究し、九州大大学院で博士号を取得した樋口泰範さん(前福岡県うきは市教育長)は「行き過ぎた大型化や商業化の路線は、直売所の本来の特色を失いかねない」と警鐘を鳴らす。

直売所の計画に対して地域の生産者の理解を得られることができず、計画の見直しを迫られているところもありますが、今後、あまりにビジネスを追い求め、消費者や生産者の支持を得られなくなるケースや、コンプライアンスの問題も表出してくるかもしれませんね。

これからも直売所の機能進化と地域貢献のあり方について、興味を持って見ていこうと考えています。

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