June 2014Archive

●炭鉱の隆盛・衰退と運命をともにした大牟田松屋は、大牟田のシンボル的存在の一つだった
 大牟田市は江戸時代末期より石炭化学工業で栄え、昭和30年代には人口が20万人を超えた。当時、石炭採掘という危険な仕事に従事した炭鉱マンたちが「宵越しの金は持たない」と気前良くお金を使い、独自の食文化が形成されるとともに、中心市街地が拡大し、大規模商業施設が次々に立地した。

 福岡の松屋呉服店が大牟田市に進出したのは炭鉱最盛期を迎える前の昭和12年のこと。売り場面積は約1万㎡、鉄筋コンクリートの6階建て。当時の市内には鉄筋コンクリートの建物や、エレベーターを備えている施設が少なく、市民にとって「大牟田松屋に行ってエレベーターに乗ってきた」という体験は一種のステータスだったそうだ。しかし、エネルギーの主役の座が石炭から石油に代わり、三池鉱の縮小に伴う人口減少や、福岡・熊本都市圏への顧客流出等で、大牟田松屋の売上は1981年をピークに減少、1992年以降は赤字が続き、ついに2004年7月2日に閉店、2007年には建物が解体された。

 私は大牟田松屋に行ったことは無いが、大牟田や熊本県北、筑後地域の方々に思い出を聞くと、「子どもの頃は松屋に行くのが楽しみでたまらなかった」「年に数回連れて行ってもらう、特別な場だった」など、様々な思い出を聞くことができ、周辺の住民にとってハレの場として愛されてきた存在だったのだなと感じる。


●洋風かつ丼は、閉店・解体された旧大牟田松屋レストランの人気メニューだった
 大牟田松屋の6階には、有明海が見渡せる屋上遊園地やファミリー食堂があり、多くの家族連れで賑わったそうだ。この食堂の名物メニューが「洋風かつ丼」である。開店とほぼ同時に開発されたメニューとされ、値段は650円。楕円形の皿に盛られたごはんの上にロースカツが乗っていて、さらにその上から鶏やさば節等でとった出汁と地元産の醤油、ウスターソースで味付けされたとろみのある「あん」がかけられる。傍らにはキュウリやトマト、スパゲティ、グリーンピースがトッピングされていた。

 この洋風かつ丼は大牟田市民にとても愛されており、「毎月数回食べていた」「大牟田松屋といえば洋風かつ丼」という方も多い。親に大牟田松屋に連れて行ってもらい、玩具や洋服を買ってもらった後に、洋風かつ丼を食べる。また、たまに自分へのご褒美として洋風かつ丼を食べる。そんな、ちょっとした非日常感、高級感のある素敵な思い出とともに記憶に残っているような存在だ。

 しかし、大牟田松屋の閉店とともに食堂も閉鎖された。一時期、食堂の元従業員が経営する飲食店で「洋風かつ丼」というメニューが出されていたが、後継者不足等で閉店したそうだ。それ以来、提供しているお店が無くなったために寂しく思う市民は多く、コアなファンを中心に、その復活が望まれていた。


●自称「大牟田市内屈指の洋風かつ丼好き」が集り、オリジナルメニューを復活させた
 こうした洋風かつ丼ファンの代表格が、市内できのこの栽培・販売事業を営む大塚力久さんだ。大塚さんは幼少時から洋風かつ丼が大好物で、大牟田松屋閉店後も独自にレシピの復刻に挑み、奥様によると少なくとも百数十回は試作を繰り返したそうだ。「洋風かつ丼を食べることができるお店を作りたい」という思いからの挑戦であった。

 大塚さんの周囲には、商工会議所の山科敏彦さんをはじめとして、負けず劣らずの洋風かつ丼好きが集い、4〜5年前から、レシピの復活に向けた話し合いを開始していた。

 そして試行錯誤の末の平成25年、ついに大塚さんが「再現できた!!」と納得がいく洋風かつ丼のレシピが出来上がり、これを機に復活に向けた動きが加速。8月には「旧松屋デパートの洋風かつ丼復活プロジェクト研究会」が組織され、試食会が開催された。研究会のメンバーは商工会議所の副会頭や食品、サービス業部会長の他、地元の醤油メーカーや洋風かつ丼愛好家、大牟田松屋の元社長と、6階食堂の元料理長といった方々である。私も大牟田ブランド化の専門委員を拝命している関係で、この研究会にも参加し、事業計画づくりのお手伝いさせていただくことになった。

 松屋の元従業員の方々10数名が参加した試食会等、10数回にわたる試作を経てレシピや洋風かつ丼の定義が確定、メニューの正式名称は「おおむた洋風かつ丼」となった。市内の企業、個人による「大牟田洋風かつ丼応援隊」の組織化や、老人介護施設での食事、学校給食での提供に向けた調整が進められるなど、市民による支援の動きも広まっている。また、市内イベントでハーフサイズ300食を、300円で限定販売したところ、約30分で完売してしまうなど、人気や注目度は高い。このオリジナルレシピは公開され、継承を希望した大牟田市内の2店舗で7月2日から提供される。他に、市内数十店舗で、できるだけ上記定義を守りながら、店舗毎の独自のアレンジが加えられたメニューとして提供される予定だ。


●ご当地グルメづくりはまちづくり
 この「洋風かつ丼復活プロジェクト」は、ご当地グルメを復活させ、飲食店の売上を拡大する取り組みだけに留まらない。地域ブランドづくりや特産品開発、ご当地グルメづくりにおいて、地元住民へのブランド価値の浸透・共有は、とても大事な要素だ。地元ファンは日常的な顧客であり、熱心な宣伝隊である。まずは大牟田市民が、洋風かつ丼に親しみ、愛着を持ち、この復活の動きをともに盛り上げ、楽しむことが重要で、市外への発信よりも、市内での仲間づくりや浸透に力を注ぐことが今は大事である。

 また、洋風かつ丼の復活プロジェクトは、かつ丼を通して大牟田市民が記憶を思い出し、語り合うことで、地域への愛着を感じたり、多世代の協働を促進していく「まちづくり」の一環だ。そして、その盛り上がりが少しずつ様々なメディア、クチコミで拡散されることで、大牟田の認知を広げ、まちに来るきっかけになる。なお現時点で、新聞に20回程度、テレビ8番組で取り上げられ、大牟田市外への情報発信機会も増加している。

 加えて、美味しいことは大前提として、「できるだけご当地に、昔からあるものを素材として取り上げること」と、「プロジェクトを推進していく地元リーダーが存在すること」が重要と思う。今回のプロジェクトでは、大塚リーダーをはじめとしたコアメンバーが、市内の様々な企業、団体に所属し、洋風かつ丼への郷愁を心に抱く「洋風かつ丼ファン」達を次々に巻き込んでいる。この情熱、巻き込み力には本当に感心する。また、大塚さんの回りに集まるメンバーは、建築関係やファッション関係等、自分のビジネスとは直接関係がない方々であり、まちの活性化、にぎわいづくりを目的とした活動である。こうしたまちのための活動であるということも、徐々に活動が広がりを見せ、メディア等で取り上げられている要因のように思う。


●大牟田のソウルフードとして愛され続けるメニューになりますように!
 今後は、大牟田松屋閉店からちょうど10年となる平成26年7月2日にオリジナルレシピの復活イベントが開催され、以降、洋風かつ丼のマップづくり、市民応援隊の結成や学校給食、老人介護施設での提供等が検討されている。ゆくゆくは、若年層にも定着し、大牟田のソウルフードとして受け継がれていくものとなってほしいと願っている。

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 今お手伝いしている仕事の一環で、大分県竹田市、久住山麓にある九州大学高原農業実習場を訪問することになった。牧場に伺ったのは2月17日。全国的に大雪が降っていた時期であった。久住もやはり雪が深く、立ち往生している車を何台も見かけながら山路を登った。この高原農業実習場のトップを務めるのが後藤貴文准教授である。後藤先生が考える畜産モデルは、実に面白いコンセプトなのでご紹介したい。


●様々な問題を抱える畜産の現状
 現在の畜産は、1頭の和牛を生産するために4~5トンの輸入穀物を与えている。そのため生産者は輸入飼料相場の高騰に頭を悩ませ、困難な経営状況にある。また、外国産のため日本の土壌には循環できない過剰糞尿の処理という問題がある。さらにはBSE等の食の安全問題、霜降り志向の流通、繁殖・肥育・と畜・卸・小売など分断された高コストの流通構造、集約的飼養による動物福祉に反する飼養環境等、多くの問題を抱えている。

 牛は本来、草などの植物資源をタンパク質に変える機能を持つ動物であり、日本は草が育ちやすい湿潤な気候である。また、人口減少・農家の高齢化に伴う耕作放棄地の増加など、牛の放牧が可能な環境は中山間地を中心に拡大している。

 そこで後藤先生は、日本の草で美味しい牛を育てるための研究を行っている。その研究は大きく3つに分けることができる。


●一つ目「太りやすい体質づくり」
 通常、草のみで肥育すると、まったくの赤身となり現在の日本の消費者が好む肉質とはならない。しかし、それを可能にするための技術が「代謝生理的インプリンティング」というものだ。呼び名は難しいが、一言で言えば「刷り込み」である。

 胎児期や初期成長期に、適切な栄養環境等を促せば、その後の代謝生理的機能が制御される効果について第二次大戦中から行われてきた。後藤先生はその研究成果を牛に応用し、牛の初期成長期に特殊なミルクや飼料を一定期間与えることで、太りやすい体質とすることに成功した。

インプリンティングされている最中の子牛。子牛は畜舎で育てる
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哺乳ロボを使い、ミルクを通常の3倍量与える
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●二つ目「高度放牧管理」
 前述の飼育方法で10ヶ月齢まで育てた太りやすい牛を、耕作放棄地や牧草地に放ち、体表や体内に埋め込んだセンサー等で牛の位置や状態(発情期、出産の有無など)を把握する。また、情報通信関連企業との共同研究により、スマートフォンやタブレットのアプリケーション上で、牛を見て、呼び寄せ、餌をやるシステムを構築した。畜産家は毎日牛の世話をしなければならないため、休みがないと言われる。しかし、この放牧管理技術が確立・普及すれば、旅行に行った先からも牛の面倒を見ることが出来るというわけだ。

タブレットを使って動画で牛の様子を確認、呼び寄せ、餌を与えることができる
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●三つ目「消費者への直販」
 ふつう、国内で肉牛を飼っている農家は繁殖農家か肥育農家のどちらかだ。繁殖農家は、効率的に牛を妊娠させ、良い子牛を育てる。そして肥育農家は子牛を繁殖農家から買い、畜舎で集約的に牛を育て、卸業者や小売業者に販売する。その間、各段階で中間マージンが発生するため、たとえば繁殖農家の売上は小売価格と比較して4から5分の1程度となる。生産者が販売まで手がける、所謂六次産業化ができれば、農家の手取りは増え、畜産経営は楽になる。

 そこで後藤先生は、マーケティングコンサルタント会社との共同研究により、赤身肉を好むマーケットの開拓や、ステーキや加工品の試作・販売を行っている。食味の調査も行っており、QBeefは草のみで育てた牛よりも脂肪分が多く、穀物で肥育した牛よりもコレステロール値が低く、必須アミノ酸、うまみ成分が多いという結果が出たそうだ。

QBeefの試食会で出されたステーキ
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●QBeefは脂身がサラッとしていてしつこくない
 このように、子牛の初期成長期にインプリンティングを行い、太りやすい子牛を国内の草地で、ICTを活用して放牧管理する、そして霜降りよりも健康的な牛肉を生産者が直接消費者に販売する。こうした新たな牛肉のブランドや畜産のビジネスモデルが確立できれば、冒頭に挙げたような各種問題が解決に向かい、国土が有効活用され、農家の手取りが増え、国内の食糧自給率が改善される。何とも夢のある話だと思う。ただし、現在は頭数が少なく流通量が限られており、ステーキ肉が100g1,000円と赤身肉にしては高価といった課題がある。

 別の機会にQBeefの肉を食べてみたが、肉質は完全赤身のギシギシとした固い肉ではなく、ほどよく柔らかかった。そして脂身がサラッとしていてしつこくない。私は三度目のフルマラソンへの挑戦を4月に控え、体重管理の為できるだけ炭水化物を減らし、タンパク質を多めに取る食生活をしている。私はまさにQBeefがターゲットとする客層なのかも。量産化されるのはもう少し先のことになりそうだが、畜産のあり方を変え、マーケットを作る可能性があるこのQBeef。通信販売でも入手できるので、気になる方は買ってみられてはいかがでしょうか。

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