April 2013Archive

 2012年3月初旬、友人のfacebookにNHKクローズアップ現代の番組に関する投稿がされていた。番組のテーマはITを活用した在宅勤務やモバイルワークなどオフィスから離れて働くいわゆる「テレワーク」だった。

 その動画の中で、徳島県の山間にテレワークで全国的に注目を集めている神山町というまちがあることを知った。映像には、古民家の居間や軒先に胡座をかいて膝の上にノートパソコンを開いて仕事をする若者達の姿が写っていた。その古民家は東京に本社を置くソフト開発会社のサテライトオフィスで、若者たちは社員の方々。徳島県は全域に高速ブロードバンド網が敷かれており、インターネットの環境は東京よりも快適なのだそうで、東京にある本社との打ち合わせはテレビ電話でストレス無く行なっている。

 映像に映る風景や古民家は、九州の中山間地と大して変わらないのだが、神山町には続々とITベンチャーが進出してきている。その理由がとても気になり、ネットで色々調べていると、この動きのキーマンは「グリーンバレー」というNPOの理事長、大南信也さんだということが分かった。

 話は変わるが、佐賀市富士町では、昨年よりまちづくり勉強会が開催されている。2012年9月の第一回勉強会には佐賀市漁村女性の会・代表 古川由紀子さん、12月には高知県本山町から㈱ばうむの藤川豊文さん、米米ハートの真辺由香さんをお招きして開催された。私も講師の選定ならびに運営のお手伝いをさせていただいている。

 2013年の1月、勉強会の事務局をしている㈱インビルの永田さんから、「第三回まちづくり勉強会の講師を探しているのですが、どなたか紹介してもらえませんか」という相談をいただいたので、「私がお話をお聞きしてみたいのは、神山町の大南信也さんです」という話をして、前述の動画やネットの記事をお見せした。永田さんから「面白そうですね、私も聞いてみたい」という反応をいただき、調整もトントン拍子に話が進み、富士町のまちづくり勉強会の講師として、大南さんに来ていただける運びとなった。


●アーティストの呼び込みが地域の魅力向上につながり、創造的な人が集結

 神山町は人口約6,000人、高齢化率は約46%、標高は高い所で1,500mの中山間地域。この山里で最近、2つの「異変」が起きている。一つは2011年度の人口動態調査で、神山町の誕生以来初めて、社会動態人口が転入超過になったこと。もう一つは、2010年10月以降、ITベンチャー企業9社が本社やサテライトオフィスを設置していることだ。

 こうした移住者呼び込みの動きを遡ると、きっかけは1990年代のはじめから続いている様々な国際交流事業や、海外アーティストを受け入れる「アーティスト・イン・レジデンス事業」である。大南さんはこれら国際交流事業の中心人物として関わると共に、2002年にNPO法人グリーンバレーを立ち上げ、芸術家支援やアートによるまちづくりを進めてきた。この事業に参加した海外アーティストのための滞在の場をつくり、受け入れのノウハウを貯めていくうちに、移住希望者がアーティストから企業に変わってきたそうだ。

 そして2007年、総務省事業で神山町移住交流支援センターが立ち上がり、その運営をNPO法人グリーンバレーが受託した。大南さんによると、移住者受け入れを行政ではなく民間のNPOが住民目線で進めた、言い換えれば仲間を引き入れたことが成功要因の一つということだ。NPOの仲間や地域住民で、自分たちの地区を将来どうしたいかという理想を思い描き、その実現のために入ってきてもらいたい人達を逆指名で呼びこんでいる。

 具体的にどのように呼び込んでいるかというと、2008年に立ち上げた「イン神山」というHPにアクセスしてきた移住希望者の方々に、ヒアリングを行っている。このヒアリング項目がユニークで、「ほとんどの自治体は、家族構成と物件の希望のみを聞いているが、神山町は夢、志、能力、仕事、生活設計を聞き、将来町にとって必要な人材を逆指名している」とのこと。この移住交流支援センター立ち上げ後、23世帯44名、子ども10名が移住、子どもを持つ若者夫婦、起業者、若者の受け入れを優先しており、移住者は平均年齢33歳と若い。業種は飲食店、パン屋さんや、インターネット関連など様々である。ネット関係の方々については、デザイナーやプログラマだけではなく、営業担当が移住してきており、しかも成績は社内トップレベルらしい。こうした業界は営業担当であっても地理的制約に関係なく仕事ができる時代なのだなと驚いた。

 第三回富士町まちづくり勉強会にて、大南さんからは「何をつくるかではなく、どんな人が集まるか、が鍵」「過疎は全国レベルで進行しており、なだらかな人口減少は仕方がない。問われるのは数ではなく質である。将来のイメージを思い描き、逆算して考えることが『創造的な過疎』だ」「地域で新しいことに取り組むと、すぐにアイデアキラーが出てきて、難しい、無理だ、できない、前例がないと言うが、そういう時こそ時代の歯車を回すチャンス。出来ない理由よりできる方法を探し、とにかく始めること。一歩踏み出せば自分の景色が変わる」といった力強い言葉を我々参加者に向けて語っていただいた。


●学んだことの実践へ向けて、これからが正念場

 一連の勉強会を踏まえ、様々な動きが富士町で生まれている。前号で、第二回富士町まちづくり勉強会の講師である高知県本山町、㈱ばうむの藤川さん、米米ハートの真辺さんを紹介させていただいたが、まず、3月上旬に、廃校利活用の方向性を検討している地元メンバー総勢15名が本山町に向かい、廃校を活用した集落活性化センター汗見川にて両町の住民同士が交流し学び合う予定だ。そして、来年度、NPO法人グリーンバレーに永田さんが研修生として派遣される話しが持ち上がっている。また、九州でオフィスを探す東京のベンチャー企業の方をお招きして町内の空き物件を見てもらったり、今後町内への移住者受け入れに向けた住民レベルの検討会が古湯地区を中心に立ち上がるなどしている。

 ただ、一方で難しさもある。大南さんを囲んだ懇親会にて、東京から佐賀市北部に移住されて十年以上経つ方とお話する機会があったのだが、「自分も外から様々な人に入ってきてもらいたいし、そのためにできることはしたいが、移住者受け入れのような地域ぐるみの活動は、まだ自分にとってハードルが高い。佐賀に住んで10年以上経ったのに、昔からそこに住んでいる人との間には薄皮がある」とおっしゃっていた。富士町において移住者呼び込みのお役に立とうとしている永田さんも、町民ではない。一方で、藤川さんや大南さんはいずれも地元の建設業の家系で、かつ東京や米国で学生時代を過ごし、外の目を持っている方々である。加えて、閉鎖的と言われることが多い佐賀の農山村と違い、四国はお遍路のようによそ者が行き交うことを許容する文化がある。だからこそ、佐賀においては地元で生まれ育った方々と密にコミュニケーションを取りながら、地域のリーダーの発意のもと、なるべく地域コミュニティと一体の形を取りながら慎重にコトを進めることが重要であり、永田さんや私といった外の人は、リーダーの参謀役、地域に外の人脈を呼び込む窓口、そしてある時は人口減少等が地域に与える影響について警笛を鳴らす専門家など、状況を見ながら様々な役割を果たす必要があると感じる。

 いずれにしても、勉強だけでなく実践に向けた挑戦が始まっていることは、様々な地域のまちづくりに中間支援的に、時にはきっかけづくりの形で関わる者として嬉しく思うとともに、今後も微力ながら私に出来る限りのサポートをしていきたいと思っている。

大南さん講演会の様子

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