April 2012Archive

●宇宙はどうやって生まれ、何でできていて、これからどうなっていく?
 昨年、素粒子物理学の先生からお聞きした話によると、宇宙は、そのほとんどが暗黒エネルギーや暗黒物質と言われる測定不能な物質で構成されており、人類が見知ることが出来ている物質は約4%に過ぎないそうだ。宇宙には、その始まりやこれから等々、未だ解明されていない謎が膨大に残されており、宇宙ステーションや"はやぶさ"のように惑星探査等で宇宙に「行く」、すばるやハッブルのような望遠鏡で宇宙を「観る」、あるいは加速器により宇宙誕生直後の状態を「創る」といった様々な手法で、宇宙の真理に迫る研究が行われている。
 仮想ビッグバンを「創る」次世代の加速器と言われているのが、国際リニアコライダー(International Linear Collider:ILC)である。ILCは、全長30km以上の地下の直線トンネル内に設置した加速器で電子と陽電子をほぼ光速まで加速・正面衝突させ、ビッグバン当初の超高エネルギー状態に近い状態を再現し、衝突によって生成される粒子を測定するもの。質量の起源や暗黒物質の解明など、未解決の宇宙の謎に迫る国際協働事業であり、現在候補地選定が進められている。21世紀の世界3大プロジェクトの一つと言われる巨大プロジェクトだ。
 そのILCの建設候補地の一つが福岡県・佐賀県境の脊振山地である。弊社はILCを核とした国際研究都市構想の作成を受託しており、私も都市構想研究会の末席に事務局として加えていただいている。
 現在、世界の素粒子物理学研究をリードしているのがスイスのジュネーブにある欧州原子核研究機構(Conseil Européen pour la Recherche Nucléaire:CERN)である。昨年、CERNを訪問し、ジュネーブ州の行政職員やCERNの職員の方々にインタビューをすることができたので、ジュネーブ等周辺地域とCERNとの関係を中心にブログにアップします(以下個人の意見です)。


↓CERNでは、国際連携、人的資源管理、技術移転、ローカルコミュニケーションなどの分野の担当者からお話を伺った。
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↓CERNのルディガー・ボス氏、現地駐在のKEK(Kou・Enerugi・Kenkyuu・Kikou)の方々、九大川越先生、高田先生、佐大三島先生、九経調上田さんと。写真撮影の合言葉は「3、2、1ヒーッグス!」だった。
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●CERNで行われているのは、超巨大スケールの国際協働プロジェクト
 CERNは、ジュネーブ郊外、スイスとフランスの国境地帯に立地しており、1952年に誕生した戦後初の国際協同機関である。約2,500名の職員がおり、世界各国から年間約1万人の研究者・学生がCERNでの研究や実験に参加している。年間の予算規模は約1,000億円であり、その大部分は加盟国による出資によって賄われている。
 ここCERNにある加速器LHC(Large Hadron Collider)が、現時点で世界最大の加速器である。LHCは地下100mにある周長27km(山手線は約21km)のトンネルであり、その中に加速器と、「世界最大の科学装置、史上最大の機械、大聖堂」などと評されるATLAS(高さ22m、7,000トン)、CMS(12,500トン)を含め巨大な検出器が4ヵ所設置されている。
 また、加速管の中は宇宙の温度よりも低い摂氏マイナス271.3℃にまで冷却された真空状態であり、数千の超伝導磁石によって光速とほぼ同じ早さにまで加速された陽子が、検出器の内部で毎秒5,000万~数億回衝突する。こうして毎秒6ギガのペースで積み上がる非常に膨大なデータの中から質量の起源「ヒッグス粒子」の痕跡を探す作業が行われている。
 これらの実験により生み出されるデータは世界中の50カ国、250の計算センターにあるスーパーコンピューターをつなぎ、世界最大のグリッドコンピューティングによって解析される。科学雑誌「ネイチャー」は、「大型ヒューマンコライダー(2010.3)」という記事で、「これほど大勢の科学者が集まって研究し、全員が一つの目標に向かって努力をしたことは歴史上一度もなかった」と表現しているが、予算の調達から日常のコミュニケーション、そして研究成果の解析など様々な局面でグローバルな協働が求められる超巨大プロジェクトである。
 余談ではあるが、我々が日々使っているインターネットの基盤ワールドワイドウェブ(www)は、世界に散らばる数千の素粒子物理学者のコミュニケーション手段としてCERNで開発されたもの。売店では「world wide web born @CERN」と書かれたTシャツが売られており、私もミーハーなので一枚購入した。


↓ATLASの検出器。真中下に写っている人と検出器全体とを比較すると、その大きさが分かる。
(CERN HPより)
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↓検出器「ATLAS」のコントロールセンター。壁面全体がモニターになっている。スタッフが常駐・監視している。
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↓陽子同士の衝突時のシミュレーション画像。膨大なデータの中からヒッグス粒子の痕跡を探す作業が行われている。
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↓赤い円が空から見たLHC加速器のトンネル。実際には地下100mにあり見えない。(KEK HPより)
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以下、国際研究機関が立地する都市としての、ジュネーブの魅力について考えたことのメモ。

歴史的蓄積・経験: 国際都市としての歴史的な蓄積がある
 こうした巨大国際研究機関を受け入れている都市が、ジュネーブである。ジュネーブには国際連合欧州本部や世界貿易機関 (WTO)など31の国際機関で約3万人が勤務し、250のNGOが存在する。なぜジュネーブにこれだけの多くの国際機関が立地しているのか、ジュネーブ州の国際機関の調整窓口を勤めている担当者によると、「ジュネーブは1800年代の赤十字の設立以来200年にわたって、国際都市としての土壌が育まれてきた。このことはジュネーブの存在価値であり強み」だそうだ。
 現在、ジュネーブは世界有数の国際都市であり、外国人が住民の4割を占める。一方でレマン湖のほとりに歴史的な町並み、文化財があふれており、飲食店ではチーズフォンデュやスイスワインなどの地域性あふれる食事を楽しむことができる。長い年月をかけて培われた国際性とローカル性が共存した魅力的な都市である。


↓チーズフォンデュとスイスワインを堪能。スイスワインは地元で消費されるため、輸出に回る量が少ないらしい。美味でした。
フォンデュ&ワイン.jpg




















↓レマン湖のほとりを10kmジョギング。池のほとりに歩道が広くとってあり、走りやすい!!!
朝ラン@ジュネーブの軌跡(runkeeper)ttp://runkeeper.com/user/haraksk/activity/60726304
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教育・生活環境: 各国から訪れる研究者子弟の教育環境が充実している
 またジュネーブは、教育の国際化が進んでいる印象を受けた。公立学校は、小学校低学年は仏語のみ、9歳からドイツ語を学び始め、12歳から英語も学ぶ。ジュネーブはインターナショナルスクール発祥の地だけあって、その教育レベルが高く、選択肢が充実している。インターナショナルスクールの学費は高いところで年間300万円と非常に高額だが、CERN研究者は20~30代の若手が多く、「研究者の生活環境を整える上で、子弟の教育環境整備が重要(CERN担当者)」という理由から、インターナショナルスクールの学費の75%が補助されている。

↓食堂のメニューが豊富で美味しく、生活環境も充実。子ども連れの姿もちらほら。
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都市機能・インフラ: 都心や交通機関とのアクセスが良好である
 ジュネーブからCERNまでは片側2車線のまっすぐな道路で直結されており、ターミナル駅であるコルナヴァン駅からCERNのメイラン地区のキャンパスへは、トラム(路面電車)に揺られて30分ほどで行くことができる。CERNはトラムの終着駅なので、トラム自体や停留所に「CERN行き」と書いてあり、非常にわかりやすい。また、CERNからジュネーブコアントラン国際空港までは直線距離で3kmと近く、世界中から訪れる研究者達が容易にアクセスできる。CERN内の研究者にとっても、生活の利便性が高く、気分転換や異業種の交流が可能な環境となっている。


↓CERNとジュネーブ中心部の位置関係(Google map)
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基礎科学への理解: 地域住民の基礎科学に対する理解が深い
 ジュネーブ州の都市計画担当者に、ジュネーブのまちづくりについてヒアリングをしていたとき、印象的なことがあった。我々がジュネーブに行ったのは、「光よりもニュートリノの方が早い?」というCERNでの実験結果が世界中で報道された2~3日後だったが、その担当者がCERNでの研究内容や報道内容を、まるで我がことのようにスラスラと自慢げに語っており、科学への知識・造詣の深さが伺えた。そこで、「ジュネーブの街の人もそんなに詳しいのか」と聞いてみると、「下に降りて聞いてみたらいいさ。街の人は皆知っているよ」と言うのだ。聞くと、「スイスの国民は好奇心旺盛で、世の中の動きを常に把握したがるところがあり、CERNでどのような実験が行われているかということについても、住民の大多数はよく把握している」のだそうだ。住民の基礎科学の理解度や関心は日本と比較して格段に高いことを肌で感じた。加えて、村上陽一郎先生の書籍「科学・技術と社会」によると、ヨーロッパにおける「科学」は元々、神の行いを解明する神聖な行為の延長上で、真理の探求に対して国の予算を投入することについても、伝統的に住民の理解が深いのだそうだ。
 実際、CERNの研究には莫大な投資がなされているが、国として短期的な利益を求めておらず、長期的な視野で取り組んでいる。このあたりは、科学技術予算が事業仕分けで削られる我が国との違いを痛感させられる。研究開発の成果の移転・商用化に対しても、wwwの例を見ても分かるように、より広く社会へ還元することを重視している。


↓現地の雑誌の1ページ。CERNでの実験成果、建造物を芸術的・美的なものと解釈。
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コミュニケーション: CERN、自治体が協働し、住民とのコミュニケーションを図っている
 加えて、CERNと自治体側も住民とのコミュニケーションの努力をしている。LHCの稼働前後に、世界各国から研究者が移住し、外国人の人口が増加したことや、「実験によってブラックホールが生まれるのではないか」という噂が周辺地域で広まったことから、CERNはローカルコミュニケーションの部署を新設し、様々な交流プログラムを実施している。
 自治体側は、CERNのエントランス付近にある「The Glove」という木製の展示館の建設費を拠出し、内部の壁一面を使って再生される壮大なビデオ映像のスポンサーを探すといったサポートを行なっている。展示内容は、CERNの施設紹介や、素粒子、宇宙について、非常に美しく、且つわかりやすく作りこまれており、そのセンスに感心させられた。今後も、エントランス付近の沿道やゲートをCERNと自治体が予算を分担し、整備していくそうだ。
 このようにジュネーブは、長い年月をかけて築かれた国際性、基礎科学への理解度の高さといった基盤を形成している。この国際都市としての基盤の上にCERNという国際研究機関が立地し、自治体とCERNが協働しながら交通・交流機能を整備し、研究者の生活環境を整え、市内の他の関連施設と都市とが上手く連携し、活性化させている。


↓CERNで実施されている交流プログラムの例
Draw me a Physicist:地元小学生向けに科学者の仕事を教える。20の小学校から約400名が参加。
High School Teachers at CERN:高校の物理教師向けの20日間の講座を提供。世界各国から約1,000名が参加(2010年)。
CERN Summer Student Program:大学生・院生向けプログラム。53カ国から約200名が2ヶ月滞在。


↓The Groveの外観。地球を思わせる球形で、環境に配慮した木製の建造物。
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↓The Glove内部。定期的に部屋が暗くなり、壁面一体に宇宙のはじまりや素粒子についての美しく先鋭的な映像が流される。映像のスポンサーはROLEX。
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●脊振山地のポテンシャルと課題
 現在、脊振山地を含む世界5地域が名乗りを上げており、国内のライバルは北上山地である。これらのジュネーブの現状を踏まえた上で、脊振山地に目を転じると、福岡市、佐賀市といった拠点都市や空港・港湾・鉄道等の交通拠点と近接し、既に一定の都市基盤・インフラが築かれている。この点はこれから都市形成を図る北上山地と比較して優位性があると思う。また、北部九州は成長するアジア市場に近く、これまでも産学官が連携したアジアターゲットの様々なプロジェクトが展開されており、日本国内では比較的国際交流の歴史的蓄積がある。このほかにも、温暖な気候、災害の少なさなどのポテンシャルを有する。
 ライバルである岩手県は、震災復興のシンボルの一つとしてILCを位置づけている。もちろん復興におけるILCの重要性は大きいと思うし同情する部分もあるが、今後数十年間利用される施設だという長期的スパン、研究者の多くを占めるであろう外国人ユーザーの観点から見て、客観的に脊振山地の方が研究に向いている立地だと感じる。
 一方で、ジュネーブと比べると、インターナショナルスクールやサインの整備、住民の語学力など国際都市としての外国人受け入れ環境や、基礎科学への地元住民の興味・関心・理解などはまだまだ向上の余地が大きいと思う。


●ILCをぜひ脊振山地へ!インパクトは大きい
 CERNでの研究から生まれた成果は、素粒子物理学分野に加え、wwwのような通信技術や、重粒子線ガン治療のような医療分野まで幅広い。そして、これから建設されるILCにおいても、このような私たちの暮らしを変える様々なイノベーションがそこを起点に生まれる可能性がある。また、ILCは施設自体の建設投資だけで約8,000億円〜1兆円(日本政府は約半分を負担、残りは関係諸国で分担)であり、これに加えて周辺の研究都市形成やインフラ整備も行われる。さらに、数千人の研究者が世界各国から集結・定住し、年間数万人の研究者が来訪する。その直接投資だけでも莫大な規模(ILCの経済波及効果は建設時約1兆1千億円~運用を含めると4~5兆円)である。そして、地域住民や企業の国際性が高まり、九州の知名度・ブランドが世界的に向上する大きなチャンスでもある。


●外国人の研究者コミュニティでも、ILCを日本へとの声
 日本は素粒子物理学の分野で世界的な競争力があり、日本人が受賞したノーベル物理学賞7人のうち、6人が素粒子物理についての功績である。この分野で世界的に日本への信頼度は高く、研究者コミュニティの中では「CERNの次世代の加速器は日本へ」という声は少なくないという話も聞く。


●これから必要なのは、地元の盛り上がり!
 日本国内の雰囲気としては、「ILCは東北に...」だと思う、現時点では。昨年12月にNHKのニュースウォッチ9でILC構想が紹介されたが、東北の動きがメイン。脊振山地への言及は「脊振山地も候補地です」という一言で終了。国内盤Wiredのvol2にILCが紹介されたときも、東北のことしか書かれていなかった(web版には脊振山地の名前だけは登場していますが、漢字を間違えている...)。繰り返しになるがユーザー目線では北上より脊振の方が利便性・安全性が高いが、脊振に足りない、そしてこれから必要なのは、地元の盛り上がりだと思う。ジュネーブ・CERNですら、サイエンスコミュニケーションの部署を新設して力を入れていたが、ここ九州においても、地元自治体を中心に組織を増強・新設するなどして、地道に啓発していくことの必要性を感じる。民間ベースでも、周知イベントや草の根の情報発信など、色々できることはある。
 こうしたフィールドがもし日本で形成されるならば素晴らしいことだと思うし、九州に生まれた私としては、ぜひILCが九州に立地して欲しいと思う。今後も微力ながらできることはしていきたい。



追記メモ:日本には、基礎科学への投資を拡大する国家的責任があるとの声も
 やや脱線気味になるが、前述の村上陽一郎先生の書籍によると、「日本は明治維新以降、欧米へのキャッチアップ重視で応用研究に力を入れ、諸外国が開発した技術を商用化・カスタマイズすることで国力を増強し、利益を上げてきた。しかし、現在先進国の基礎科学への投資は減少し、代わりに応用研究への投資が拡大する傾向にある。このままでは世界のイノベーションが停滞する恐れもある。日本のこれからの社会的責務として、基礎科学への投資を拡大し、世界の研究投資のバランスを保つ役割をすべき」といったことが書かれていた。
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